交通事故によるPTSDの発症と損害賠償②

■ポイント

1.主治医がPTSDである旨の診断書を発行していたとしても、裁判所においてPTSDを認定するために改めて厳密に要件への当てはめを検討し、否定する事例があり、診断書の作成経緯、診断書作成の前提事実まで丹念に確認することが重要。

2.事故状況、被害状況が軽微であれば、要件を欠き認定されない。

3.PTSDの認定がなされないとしても、事故に起因する心因反応として外傷性神経症等の精神疾患が認定されることは十分にありうる。

4.PTSDの要件に該当しないものの、重たい症状が発症していると主張することとなる結果であるか関係性は明確ではないが、精神疾患が発生しやすい性格である等の認定に繋がることで、寄与度減額が一定程度認められてしまう可能性がある。

3.PTSD否定例

 

3.1 平成11年9月7日/宮崎地方裁判所/民事第2部/判決/平成9年(ワ)520号:判例タイムズ1027号215

■PTSD認定基準

 

外傷後ストレス障害とは、強度の外傷的出来事に遭遇し、それに伴い再体験症状、回避及び麻痺症状、覚せい亢進症状等が現れることを特徴とする精神障害であり、米国精神医学会の診断基準である「DSM―Ⅳ」(以下「DSM―Ⅳ基準」という。)により判断する。

■PTSDを否定した要素

 

・外傷的出来事(DSM―Ⅳ基準A)について

原告は、事故の際、原告は、加害車両のボンネット上に投げ出されたものの、骨折や脳外傷はなく、打撲により頭頚部や背部に痛みがあった程度であり、整形外科での治療は約一か月で終了している。また、本件事故の後に、原告は、被告のところに行き、免許証を見せて欲しいなどと比較的冷静な対応をしている。

・再体験症状(DSM―Ⅳ基準B)について

鑑定書及び同証人によれば、再体験症状とは自己が遭遇した恐ろしい情景そのものが自己の意思と無関係にありありと想起される状態をいうことが認められるが、原告本人によれば、原告は事故のことが頭に浮かび、夢にも出てくるが、当時の事故がよみがえるのではなく、例えば、自分が歩道橋で過呼吸を起こしながら苦しんでいるところに、隣に車が止まっているとか、自分の目の前を車が横切っている夢を見ることが認められ、そうすると原告は、必ずしも本件事故そのものを再体験しているとはいえず、DSM―Ⅳ基準Bの再体験症状に該当するか否かについては疑問が残る。

・回避及び麻痺(DSM―Ⅳ基準C)ついて

外傷と関連した思考、感情あるいは外傷を想起させる活動等を避けようとすることなどが条件とされるところ、原告は、年間の交通事故件数や死亡者数を調査するなど、自動車事故の危険性について自発的に関わっていることが認められ、原告の症状がDSM―Ⅳ基準Cに該当するか否かについても疑問が残る。

■他の精神疾患の認定

原告には、頭痛、吐き気、動悸、過呼吸発作を伴う自動車恐怖症の症状が認められることは前記のとおりであり、原告の同症状が外傷後ストレス障害という傷病名の範疇に属さないものであっても、原告が自動車に対する恐怖心を抱くようになったのは本件事故の後であり、また、自動車に衝突されるという本件事故の結果その加害原因たる自動車に恐怖心を抱くようになったという事実経緯からみれば、原告の同症状は、本件事故に起因するものと推認される(原告は事故当時19歳。(後遺障害継続期間:67歳まで、労働能力喪失率:5%を認定)。

■寄与度減額

原告の性格的要因として、兄達への手前・父の取っつきの悪さから「甘えたくても甘えられない」という依存欲求を満足させることの不得手な葛藤を抱えやすい傾向と思い通りにならないとけいれん発作・過呼吸発作になりやすい傾向があり、未熟、強迫的、硬化した思考様式などとして目立つ神経症的性格の持ち主で、些細なきっかけで容易に不安発作を呈しやすい、不安耐性に乏しい性格が挙げられることが認められる。

原告の性格的要因として、兄達への手前・父の取っつきの悪さから「甘えたくても甘えられない」という依存欲求を満足させることの不得手な葛藤を抱えやすい傾向と思い通りにならないとけいれん発作・過呼吸発作になりやすい傾向があり、未熟、強迫的、硬化した思考様式などとして目立つ神経症的性格の持ち主で、些細なきっかけで容易に不安発作を呈しやすい、不安耐性に乏しい性格が挙げられることが認められる。

本件事故が通常であれば精神的障害を残すような強度の外傷的出来事とは言えないことなどを併せ考えると、本件事故に伴う損害のうち、原告に自動車恐怖症という後遺症が残ったことに伴う将来における逸失利益については、原告の本来的な性格的な要素が多大に寄与していることを考慮し、その五割を原告の負担とするのが相当である。

3.2 平成12年2月4日/大阪地方裁判所/判決/平成9年(ワ)4154号:交通事故民事裁判例集33巻1号225

■PTSDを否定した要素

 

・主治医によるPTSDの診断書があるものの、原告には、60歳ころうつ病と診断されていることが認められ、精神科的既往があること。

・自動車に対する恐怖については、通院にタクシーを頻回に利用していること。

・交通事故被害者が相当の精神的ストレスを受けることは自明であり、通常の損害算定を超えて損害が発生することの原因としてPTSDを位置づけるとすると、相当の根拠が示される必要があるものというべきであるが、右A医師の診断については、前記指摘の点及び診察方法に疑問があるというべきであり、本件事故の態様も交通事故として激烈なものとまではいえず、その結果も肋骨骨折はあったもののそれほど重篤なものではないことからすると、原告が主張する外出恐怖、不安焦燥感等の症状(原告本人尋問の結果中にはこれに沿う供述部分が存する。)についてもそのまま信用して良いものか疑問があり、A医師のPTSDの診断が正当なものかについても疑問がないとはいえず、少なくとも、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

・B医師の診断書にも、診断名心的外傷後ストレス障害、右症により、外出恐怖、不安焦燥感、気分変調(抑うつが基調)等の症状が持続しているとの記載があるが、これについても、本件事故と相当因果関係を認めるに足りる証拠とはいえない。

■他の精神疾患の認定

なし。

※衝突時の加害車両の走行速度が約5kmと認定されており、軽微な事故であったことも判断の背景にあったものと思われます。

3.3 平成14年7月17日/東京地方裁判所/民事第27部/判決/平成12年(ワ)4079号:判例時報1792号92

■PTSD認定基準

 

PTSDの判断に当たっては、DSM―Ⅳ及びICD-10の示す<1>自分又は他人が死ぬ又は重傷を負うような外傷的な出来事を体験したこと、<2>外傷的な出来事が継続的に再体験されていること、<3>外傷と関連した刺激を持続的に回避すること、<4>持続的な覚醒亢進症状があることという要件を厳格に適用していく必要がある。

■PTSDを否定した要素

 

・<1>外傷的な出来事の要件について

本件事故の態様は、被告車両のセンターオーバーによる正面衝突であるが、高速度で衝突したわけではなく、その後救急車が到着するまでの間に、目の前で同乗していた家族が死亡してしまったのであればともかく、原告は軽傷であり、家族も重傷を負ったとまではいえないこと、また、原告は、記憶障害により事故状況を健忘している旨主張するが、左後部座席にいた原告が衝突を目撃した可能性は低いことなどを考慮すると、原告が、自分又は他人が死ぬ又は重傷を負うような外傷的な出来事を体験したものとみることは困難である。

・<2>再体験症状について

前記認定事実によれば、原告の症状は、遅くとも平成一一年一〇月二二日には症状固定したものとみられるが、原告の見る悪夢は本件事故に関連したものに限られない。また、事故の記憶が日常的に反復して想起されるのではなく、車や携帯電話が引き金になって、事故直後の救助を待っている情景のフラッシュバックが生じるが、事故時に感じた「家族を失ってしまうのではないかという恐怖感」がよみがえってくるわけではなく(《証拠省略》)、外傷的な出来事が継続的に再体験されていることを全面的には肯定できない。

・<3>回避症状について

原告は、仕事上必要な場合に限らず、プライベートでも頻繁に車に乗っていることが認められる。原告は、車に乗ることが最良の治療法であるので実践した旨述べるが、治療として一定期間挑戦することは理解できるものの、乗車後の症状により仕事にも支障が出るのであれば、少なくともプライベートでの乗車は極力避けるのが自然であり、外傷と関連した刺激の持続的な回避症状は認め難いといわざるを得ない。

・<4>覚醒亢進症状について

原告は、睡眠困難、集中困難等があるというが、その程度は明白ではない。

・まとめ

外傷体験の要件に該当しないだけではなく、ストレス反応の量と質が基準以上に大きいものであるとはいえず、原告の症状はPTSDには該当しないといわざるを得ない。

■他の精神疾患の認定

原告には脳の器質的変化は認められないところ、原告の神経症状は、本件事故前にはなかったにもかかわらず、本件事故を契機として発生しており、本件事故に起因する心因反応として外傷性神経症と捉えるのが相当である(後遺障害継続期間:10年間、労働能力喪失率:5%を認定)。

■寄与度減額

原告の外傷性神経症は、同一事故を体験した家族に原告と同様の症状が認められないことからみても、原告の心因反応を引き起こしやすい素因等が寄与しているものと推認され、個性の多様さとして通常想定される範囲を外れており、損害の公平な分担という見地から民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、原告に生じた損害について減額するのが相当である。そして、その割合については、前記認定の原告の症状、治療経過等に加え、被告が、肉体的傷害による損害については慰謝料を除き既に支払済みであること、入通院慰謝料はAクリニック通院分も含まれることなどを考慮すると、肉体的傷害による損害と神経症状による損害とを分離せず、全体から20%を減額するのが相当である。

以上

(弁護士 武田雄司)