素因減額について
-素因減額とは
交通事故事案においては,事故と被害者の身体(又は生命)に生じた損害との間に因果関係が認められたとしても,当該被害者が有していた事由(病気など)が損害の発生又は拡大に影響している場合に,損害賠償の金額を定めるに当たって,当該事由を考慮することができるか,ということがしばしば問題となります(当該事由に基づいて損害賠償の金額を減額することを「素因減額」といいます)。
判例上においては,裁判所は,加害者の賠償すべき金額を決定するに当たり,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし一定の限度で上記の事由を考慮することができるとされています(過失相殺についての民法722条2項の類推適用。最判平成4・6・25民集46巻4号400頁等)。
-身体的素因
たとえば,最判平成8・10・29交民29巻5号1272頁は,被害者が事故前から頚椎後従靭帯骨化症にり患していたことが治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白な事案について,
「本件において被上告人(※引用者注:被害者)の罹患していた疾患が被上告人の治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白であるというのであるから,たとい本件交通事故前に右疾患に伴う症状が発現しておらず,右疾患が難病であり,右疾患に罹患するにつき被上告人の責めに帰すべき事由がなく,本件交通事故により被上告人が被った衝撃の程度が強く,損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者が多いとしても,これらの事実により直ちに上告人らに損害の全部を賠償させるのが公平を失するときに当たらないとはいえず,損害の額を定めるに当たり右疾患を斟酌すべきものではないということはできない」
として,素因減額を否定した原判決を破棄して差し戻しています(差し戻された後の大阪高判平成9・4・30は,3割の素因減額を認めています)。
これに対し,被害者の身体的特徴を素因として考慮できるかという点について,最判平成8・10・29(民集50巻9号2474頁)は,被害者の首が長くこれに伴う多少の頚椎不安定症があるという身体的特徴がある事案について,
「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても,それが疾患に当たらない場合には,特段の事情の存しない限り,被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。」
としています。
その理由として,この判例は,
「人の体格ないし体質は,すべての人が均一同質なものということはできないものであり,極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が,転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別,その程度に至らない身体的特徴は,個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである」
としています。
この判例によれば,病名が付けられるような疾患には当たらない身体的特徴であっても,疾患に比肩すべきものであり,かつ,被害者が負傷しないように慎重な行動を求められるような特段の事情が存在する場合(例えば,極端な肥満などの場合が挙げられます)には,例外的に,当該身体的特徴を考慮することができるということになります。
-心因的要因
素因減額においては,被害者の心因的要因が問題となることもあり,例えば,交通事故により負傷した被害者がうつ病となり自殺をしたような事案で,素因減額が認められるかについては,これを肯定した判例(最判平成5・9・9交民26巻5号1129頁)と,否定した判例(最判平成12・3・24民集54巻3号1155頁)があります。
これらの判例の詳細には立ち入りませんが,裁判所としては,おおむね,①原因となった自己が軽微で通常人に対し心理的影響を与える程度のものではなく,②被害者の訴える症状に見合う他覚的な医学的所見を伴わず,③一般的な加療相当期間を超えて加療を必要とした場合等には,賠償すべき金額を決定するに当たり,当該心因的要因を考慮することができるという考え方を取っているものと思われます。