弁護士費用相当分の賠償が認められた場合における弁護士費用特約に基づく保険金請求について
■ポイント
1.結論
認定された限度において弁護士費用分の損害は填補されることから、保険金請求権発生の要件を欠くため、保険金請求をすることはできない。
2.理由
弁護士費用特約は、賠償義務者から弁護士費用相当額の損害賠償金の支払いを受けることができず、弁護士報酬の自己負担を生じる場合のリスクを対象とする保険であるため、損害を填補する損害保険としての性質に照らし弁護士費用分の損害が填補される以上、保険金支払要件を欠く。
3.和解時の注意点
和解時には、弁護士費用分の損害額を明記しない(解決金として○○円と表示する。)。
第1 はじめに
前回のマニアックな論点に関連する問題として、加害者に対して弁護士費用相当分の賠償請求が認められた場合において、自己の保険会社に対する弁護士費用特約に基づく保険金請求が認められるのか、という問題があります。
弁護士費用特約に基づく弁護士費用は、直接自己の保険会社から担当する弁護士に支払われることが多く、一度、被害者が立て替えた上で、被害者から保険会社へ請求することは(ほとんど)ないことから、被害者・保険会社間でこのような問題が実際に発生することは稀ではありますが、例えば、被害者・加害者間の訴訟終了後、被害者が受領した弁護士費用相当額分がある場合、先行して保険会社が支払った弁護士費用相当額の保険金の一部を返還してもらいたい、ということで、問題が顕在化する可能性も考えられます。
稀な問題ではありますが、被害者にとっては、実質的に受け取ることができる賠償額に大きな影響が発生しうることから、弁護士費用相当分の賠償が認められた場合において、弁護士費用特約に基づき保険金請求が可能かという問題について以下検討をしてみたいと思います。
第2 裁判例による考え方
■平成25年8月26日/東京地方裁判所/判決/平成25年(ワ)9981号
「被保険者が、保険事故に関して賠償義務者に対する訴訟を提起し、同訴訟の判決に基づいて、賠償義務者が、被保険者に対し、当該訴訟に関する弁護士費用を支払った場合は、判決で認定された弁護士費用の額と被告が既に支払った保険金の合計額が、被保険者が弁護士に対して支払った費用の全額を超過する場合は、被告は、被保険者に対し、その超過額に相当する額(支払われた保険金の額を限度とする)の返還を求めることができるのであり、そうであるとすれば、被告は、賠償義務者が被保険者に対して判決で認定された弁護士費用を支払った場合の弁護士費用の額と被告が既に支払った保険金の合計額が、被保険者が委任契約により弁護士に対して支払った費用の全額を超過する場合は、被告は、本件特約に基づく保険金の支払義務がないことになると解される。
・・・特約の目的が損害のてん補であるとすれば、他の方法によって既にてん補されている損害については、保険金を支払う必要はない。
・・・賠償義務者が被保険者に対して判決で認定された弁護士費用を支払った場合の弁護士費用の額と被告が既に支払った保険金の合計額が、被保険者が委任契約により弁護士に対して支払った費用の全額を超過する場合は、被告は、本件特約に基づく保険金の支払義務がないことになる。」
■平成25年12月25日/東京高等裁判所/判決/平成25年(ネ)第5376号
「特約が、被保険者において、賠償義務者から弁護士費用相当額の損害賠償金の支払を受けることができず、弁護士報酬額の自己負担を生じる場合のリスクを対象とするものであり、保険料はこのような保険の対価として定められるのであって、上記自己負担の範囲を超える保険金の支払を要するものでないことは、被保険者の損害を填補する損害保険としての性質に照らし、約款1条、11条及び12条を含む本件特約の解釈上明らかであるから、控訴人らの主張は採用の限りでない」
※上告人の上告受理申立の理由書
http://www.nishikawa-law.jp/bengoshihiyou.html
第3 結論
裁判例の結論としては、認定された限度において弁護士費用分の損害は填補されることから、保険金請求権発生の要件を欠くため、保険金請求をすることはできません。
このような結論を取る前提として、弁護士費用相当分の損害は、実際に被害者が被った損害として扱われています(「弁護士費用特約を利用する場合の損害項目には弁護士費用が含まれるか?」で記載をした「■その1:弁護士費用特約の仕組みから説明するパターン」の考え方)。
そのため、判決がなされ、弁護士費用分として損害額の10%が認定された場合、当該弁護士費用分として認定された損害に相当する分については、理論的には自己の保険会社から弁護士費用特約に基づく保険金は支払われないこととなります。
例)損害額300万円、弁護士費用相当額の損害30万円(合計330万円)の支払請求が認められたケース
弁護士費用を仮に50万円とすると、弁護士費用特約に基づく保険金として支払がなされるのは、50万円-30万円の20万円となります。
判決がなされ、明確に弁護士費用相当額が区別される場合は止むをえませんが、裁判上の和解で終了する場合には、あえて弁護士費用相当額を明確にする必要はなく、むしろ、明確にしない方が依頼者のメリットになるため、和解条項を設定する場合には注意が必要です(=あえて弁護士費用分として金○○円と設定せずに、解決金として金○○円と設定する。)。
もっとも、注意する以前の問題として、実際の裁判上の和解の場面では、弁護士費用及び遅延損害金は請求しないという扱いになることがほとんどではありますが…。
以上
(弁護士 武田雄司)