慰謝料の増額事由

交通事故に基づく死亡や傷害についての損害賠償請求においては,損害の一つとして,事故により被害者が受けた精神的苦痛に対する慰謝料が認められます(民法710条)。

 

また,死亡の場合には,その近親者についても,民法711条により損害賠償が認められます(判例によれば,傷害の場合においても,不法行為により身体に傷害を受けたものの近親者が,そのために被害者の生命侵害の場合にも比肩し得べき精神上の苦痛を受けたときは,民法709条,710条に基づいて自己の権利として慰謝料を請求できるとされています(最判昭和33・8・5民集一二・一二・一九〇一)。)

 

本来,慰謝料の金額がいくらになるかは,個別の事案において,裁判所が諸般の事情を考慮して,裁量的に決定する事項ですが,実務上においては,死亡事案では,被害者の家庭における地位,後遺障害事案では,被害者の後遺障害等級等によって,定型的に決定される傾向が定着しています(毎年日弁連交通事故相談センターが出版する,東京地裁での賠償額の基準を示した「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(通称「赤い本」)など)。

 

もっとも,個別事情を全く考慮しないというわけではなく,あくまで,基準となる額はこれだ,という目安として,当該事案に応じた特殊事情が主張・立証された場合には,基準額よりも増額されることがあります。

 

たとえば,(1)加害者の過失が重大であったり自己態様が悪質な場合,(2)加害者の事故後の態度が著しく不誠実な場合には,増額が認められることがあります。

 

裁判例では,

・ 3歳及び1歳の女の子が搭乗中の高速道路で渋滞により停車中の車両に,常習的飲酒運転をしていた加害運転者運転のトラックが追突して炎上し,両親の面前で後部座席で焼死した事例について,被害者それぞれにつき3,400万円(基準額では2000~2500万円)の慰謝料を認めた例(東京地判平成15・7・24判時1838号40頁)

・ 17歳の男子高校生の死亡につき,加害者が無免許の飲酒運転で,信号無視をして青信号に従って横断歩道を自転車で横断中の被害者に衝突したこと,事故直後に頭部から大量の血を流して倒れている被害者に対して「危ないやないか」などと怒鳴りつけ体を持ち上げて揺すり,投げ捨てるように元に戻したこと等から,3900万円(本人3000万円(基準額では2000~2500万円),両親各300万円,妹300万円)を認めた例(大阪地判平成18・2・16交民39巻4号1057頁)

・ 年齢不明・女性・職業不詳の被害者の通院慰謝料について,加害者側の一方的な過失で,ほぼ故意ともいうべき事故状況であるにもかかわらず,加害者は事故直後に被害者を罵倒して責任を否定し,訴訟でも事故の存在を否定する主張・証言を行うなどして,被害者の精神的苦痛を著しく増幅したとして,標準的な慰謝料額(実質的に5ヶ月程度で108万円)に20%を加算した額として129万6000円を認めた例(京都地判平成23・10・7)

 

などがあります。

 

ここで注意すべきは,①あくまで特殊事情が主張・「立証」される必要があり,立証すべき責任は「被害者」にあること,②その特殊事情をどれだけ考慮して,どれほど増額するかは,裁判所の裁量的な判断に委ねられており,増額が認められない場合もあること,です。

 

とはいえ,増額が認められうる事情があるならば,可能なかぎり主張・立証して,損害額を増額させるよう試みるべきといえます。具体的にどのような事情が増額事由にあたるかわからないという場合であっても,具体的な事情を弁護士に話してみるのがよいかと思います。