生命保険・損害保険は損益相殺の対象になるか
-損益相殺とは
交通事故によって損害を被った被害者が,加害者から損害の賠償を受ける際,その損害賠償の原因となった事故と同一の原因によって利益を受けた場合には,損害の額から,利益を受けた分を差し引くこととされています。これを「損益相殺」といいます。損益相殺において差し引かれるべき利益の範囲は,損害賠償義務の発生原因である不法行為(交通事故)と相当因果関係のあるものに限られるとされています。
-生命保険は損益相殺の対象になるか
生命保険契約の被保険者が,加害者が起こした交通事故によって死亡した場合において,その第三者に対して損害賠償請求権を取得した被害者等が,同時に,この生命保険契約の保険金受取人として,保険金を取得したときは,損益相殺が行われることになるでしょうか。
この点,最高裁では,「保険契約に基づいて給付される保険金は,すでに払い込んだ保険料の対価たる性質を有し,もともと不法行為の原因と関係なく支払われるべきものであるから,たまたま本件事故のように不法行為により被保険者 が死亡したためにその相続人たる被上告人両名に保険金の給付がされたとしても,これを不法行為による損害賠償額から控除すべきいわれはない」(最判昭和39年9月25日民集18巻7号1528頁)とし,生命保険の損益相殺を明確に否定しているため,生命保険金を取得したとしても,交通事故の損害賠償請求額から差し引かれることはありません。
多くの学説の見解でも,最高裁と同様に,損益相殺を否定しています。その理由づけとしては,①生命保険では,事故発生以前にすでに被保険者の債権は発生していて,単にその支払期限が不確定なだけ(いつ人が死ぬかはわからない)だから,保険金の取得は事故発生に基づく利益ではない,②生命保険金は,保険契約に基づき発生したもので,事故によって直接発生したものではない,③生命保険金は,払い込んだ保険料の対価であり,事故によって発生したものではない,④生命保険は交通事故による損害の回復が本来の目的ではない,といった種々のものが挙げられています。
-損害保険は損益相殺の対象になるか
損害保険についても,交通事故とは別の保険契約に基づき,すでに支払った保険料の対価として支払われる点では生命保険と同じなので,最高裁は,同様に損益相殺を否定しています。ただ,損害保険には,一般に,保険者代位という制度が認められており(保険法25条),保険会社は,保険金の限度で,被害者の加害者に対する賠償請求権を取得することになります。この点は生命保険とは異なるので,注意が必要です。
裁判例の中には,①被害者が所得補償保険契約に基づき給付された休業補償の損益相殺を認めた最高裁判決がありますが(最判平成元年1月19日判時1302号144頁),②傷害保険の災害入院給付金について損益相殺を否定した裁判例もあり(京都地判昭和56年3月18日交民 14巻2号408頁),保険実務では②の裁判例と同じ取扱がなされています。