立証責任は被害者にある

厳しい現実ですが,交通事故の事件の立証責任は,被害者にあります。

 

交通事故事件の中には,過失割合が5:5とか,6:4とか,どちらが加害者でどちらが被害者か分からないような事案も多いので,「被害者」という言葉を用いるのは不正確なのですが,ここでは,立証責任の話を分かりやすくするために,「被害者」という言葉を使います。

 

たとえば,信号待ちの状況で後ろの自動車に追突されてしまった自動車の運転手などは,全く過失のない事故当事者であり(0対10の事故),明らかに「被害者」と言えます。

 

つまり,この被害者は,一切悪いことをしていなくて,普通に善良に生活をしていただけなのに,突然,加害者の過失によって,事故に巻き込まれた人ということになります。

 

しかし,このような,「何も悪くない被害者」も,事故の後,誰かが勝手に助けてくれるわけではなく,残念ながら,怪我をしたのであれば診断書を取得し,通院のために交通費を支出したのであればそのレシートを取得し,治療費を支出したのであれば診療報酬明細書あるいは領収書を取得し,仕事に行けなくなったのであれば会社から休業損害証明書を取得し,後遺障害が発生したのであれば後遺障害診断書を取得するなど,損害の全てについて,いちいち,「損害発生を示す証拠」を取得し,それを保険会社や,場合によって裁判所に提出しなければなりません。そして,このように,証拠を集めるために被害者が費やした時間や労力については,原則として,損害賠償は請求できないとされています(弁護士費用の一部は加害者に請求できる可能性がありますが)。

 

これは,「損害賠償を請求する側が,その損害の発生について,立証責任(証拠により証明する責任)を負担する」という考え方によります。

 

なぜ,損害賠償を請求する側が,損害の発生について立証責任を負担するのか?それは,損害が発生したことを証明できなくても損害賠償が請求できる(つまり,加害者側が,損害が発生していないということを逆に証明しなければ,損害賠償請求ができてしまう)という考え方を採用してしまうと,たとえば私がそのあたりに歩いていて何の関係もないAさんを訴えて,「Aさんに殴られて100万円の損害を負った!」などと嘘の訴えを起こしても,Aさんが「殴っていない」ことや,「100万円の損害が発生していないこと」を立証できない限り,私が勝訴して100万円を請求できることになってしまい,あまりに無茶な話が横行してしまう(つまり,虚偽の訴訟が横行する)可能性があるからです。「お金を請求する以上,お金を請求する側が,その根拠については立証しなさいよ」という考えが,日本の(というよりも,通常の司法国家の)一般的な考え方であるということになります。

 

実際,私は,いわゆる「当たり屋」に当たられたご依頼者の事件を担当したことがあります。つまり,この「当たり屋X」は私の依頼者の自動車が,このXに接触したと言って,多額の損害賠償金を私の依頼者に請求してきました。このような事件で,もし,お金を請求してくる被害者に立証責任がなく,加害者である私たちの依頼者に立証責任がある(損害の「不発生」について立証責任がある)ということになると,当たり屋Aは,たとえば「500万円の損害を被った!」という「主張」さえすれば,加害者側である当方依頼者に証拠がない限り,500万円の損害賠償をすることができてしまうわけで,これはやはり酷いということになります。したがって,被害者側(お金を請求する側)に立証責任を負わせるのが確かに合理的ということになるわけです(ちなみに,余談ですが,この「当たり屋X」の事件では,私たち弁護士が,このAが「当たり屋」であり,本当は事故が起こっていないのに事故が起こったと嘘をついているということを訴訟で立証することに成功し,裁判官もその主張を認めてくださり,逆に私たちの依頼者がこのXに対して損害賠償を請求できることになりました)。

 

立証責任は被害者にある。被害者は,この大原則からスタートしなければなりません。