オーストラリアビジネス法務(20)-The Modern Slavery Act 2018 (Cth) (Act)とは-
1.The Modern Slavery Act 2018(豪州現代奴隷法)の概要
オーストラリアには、The Modern Slavery Act 2018 (Cth) (Act)という法律が存在し、日本語では、現代奴隷法と呼ばれています(以下「現代奴隷法」といいます)。
「奴隷法」などという響きは、随分と現代からかけ離れた法律のようにも思われますが、全くそんなことはなく、豪州に進出している日系企業様においては、この現代奴隷法の適否や適用になる場合の対応をしっかり講じる必要があります。
現代奴隷法の目的ですが、同法は冒頭で以下のような定めを置いています。
“An Act to require some entities to report on the risks of modern slavery in their operations and supply chains and actions to address those risks, and for related purposes.”
現代奴隷法は、対象となる企業に対して、その事業運用とサプライチェーンにおける現代奴隷のリスク、及び当該リスクへの対応についての活動について、報告を求めることと、それに関連する目的のために存在するものと考えられます。
現代のグローバル化された、製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売までの全体の一連の流れ(サプライチェーン)の中で、強制労働や搾取等の人権侵害がなされているとの報告があり、そのような奴隷的関係を根絶することを目的とした法律といえます。
つまり、昨今話題になることの多くなった「ビジネスと人権」に関連するオーストラリア現地の法律にあたります。
現代奴隷法は、そのPart 1の「3」において、以下のような法律の概要を定めてくれています。
なお、本稿とは直接関係ないですが、このような法律の概要を冒頭で記載するオーストラリアの法律は、しばしば見かけます。このようなアウトラインを記載してくれるのは、一般市民の方々への親切さという意味では勿論のこと、我々法律家に対しても、とても助かる規定です。誠に残念ながら、弁護士は、毎年数え切れない法律が成立している現実の世界で、すべての法律を把握できていないことが通常であり(少なくとも当職はそうです)、その都度、リサーチし、見慣れない法律とそれに関連する書籍があればそれと格闘し(読み込み)、ご依頼者の法律問題の解決の糸口を探っていく職業です。その中で、このようなアウトライン規定があると、当該法律のエッセンスを掴むことに大変役立ち、その後の各論の条項の読み込みのスピード等も増します。
“3. Simplified outline of this Act
This Act requires entities based, or operating, in Australia, which have an annual consolidated revenue of more than $100 million, to report annually on the risks of modern slavery in their operations and supply chains, and actions to address those risks. Other entities based, or operating, in Australia may report voluntarily.
The Commonwealth is required to report on behalf of non‑corporate Commonwealth entities, and the reporting requirements also apply to Commonwealth corporate entities and companies with an annual consolidated revenue of more than $100 million.
Reports are kept by the Minister in a public repository known as the Modern Slavery Statements Register. Statements on the register may be accessed by the public, free of charge, on the internet.”
このアウトラインからは、現代奴隷法における報告義務が課せられる対象企業(entities based or operating in Australia)が、年間連結収益の1億豪ドルを超える企業である、という点と、報告書は、インターネット上で公開される、という点が注目されます。
前者に関していえば、まず、本現代奴隷法は、強制労働をさせる等の法令違反した企業に対し是正措置を命じたりペナルティを課す等、実際に違反した企業を取り締まるのみを目的とした法令ではなく、法令を遵守している企業に対しても、そのことの報告義務を課す、という仕組みになっていることがわかります。
そのため、奴隷制と全く無関係と考えられる日系企業の皆様にも、その旨の報告をしなければならないという意味で、関係のある法令となります。
もっとも、現代奴隷法により報告義務が課せられる企業は、全てではなく、年間連結収益が1億豪ドルを超える企業に限定されていることがわかります(なお、その他の企業も、自社の社会的信用性等を担保するため、自主的に報告することができると定められています)。
2.適用対象となるAn entity carries on business in Australia
では、前述した売年間連結収益の1億豪ドルを超える日本企業で、豪州市場でのビジネスとどのような関わりがあれば、報告義務が課せられる対象企業となるのでしょうか。
その手がかりは、現代奴隷法第5条にある「An entity carries on business in Australia」(豪州で事業を展開する企業)の解釈にあると考えられています。
まず、現代奴隷法第5条(1)で、上記の売上がある企業で、かつcarries on business in Australia at any time in that reporting periodに当たれば、reporting entity(報告義務のある企業)にあたるとされています。
そして現代奴隷法第5条(2)では、このcarry on Business in Australiaの解釈は、豪州会社法(Corporations Act 2001)の第21条に従うとされていますので、次に豪州会社法を確認する必要が出てきます。
この豪州会社法第21条では、Carrying on Business in Australiaにつき、基本的にオーストラリア国内にビジネスの拠点を有していれば、それに該当すると考えられていますが、豪州国内には拠点を有しておらず、豪州国内のローカル企業(何ら資本関係等のない企業)を通じて(いわば販売店のような形で)、豪州市場に自社ブランドの製品等を販売している場合などはどうか等は、個々のビジネスの詳細を把握しながらの判断を要します(なお、同第21条(3)(d)では、effects a sale through an independent contractorとの定めがあり、豪州現地の独立した販売店に販売を任せている場合は、それだけでは直ちにCarrying on Business in Australiaには該当しない、と考えられてます)。
いずれにしても、このCarrying on Business in Australia該当性の問題は、非常に微妙な判断を要するケースもあり、豪州現地の専門家(弁護士等)の意見を踏まえて判断する必要があります(なお、過去のコラム「オーストラリアビジネス法務(11)-オーストラリアにおける外国企業の進出形態-」も参照)。
最後に、現代奴隷法は、いわゆる連邦法ですが、別途、各州で法律を定めている場合もあり、その場合は当該州法に関してもフォローする必要があります。例えば、NSW州は、別途、法律を定めています(ただし、同法は立法されたものの、本稿作成時点では未施行です。NSW州の公式HPのModern slaveryのページにて、「The Act has not commenced and so its directions are not in force.」と記載されていること参照。)。
⇒【追記】その後、NSW州の現代奴隷法(Modern Slavery Act 2018 (NSW))は、内容を修正(改正)し、2022年1月1日に施行。参考:NSW州の公式HPのMedia releasesページ参照)。
3.小括
以上、今回は「ビジネスと人権」に関わる現代奴隷法に関する概要をご説明しました。
現代奴隷法やその他オーストラリア現地のビジネスに関する法令及びその実務に関して、ご質問等ございましたら、遠慮なくご連絡下さい。提携先のオーストラリア現地の専門家の先生方とともに、対応させて頂きます。
次回は、本現代奴隷法上の報告義務等と、昨今のCOVID-19(新型コロナウィルス)との関係につき、オーストラリア政府(Australian Government The Department of Home Affairs)が出しているガイダンスの概要をご紹介できればと考えています。
【2023.9.20追記】
この度、賢誠総合法律事務所では、「ビジネスと人権」法務を中心とした、ESG法務に特化したウェブサイトを新たに立ち上げました。
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***【上記ビジネスと人権法務ウェブサイトの概要】***
賢誠総合法律事務所では、いわゆる国連指導原則で求められている企業の責任を中心に、「人権ポリシー(Policy Commitment)/CSR調達方針の策定・公表」、「人権デュー・ディリジェンス(人権DD)・プロセスの実施」、「苦情処理システムの構築」、「契約法務としてのビジネスと人権」、「国際法務としてのビジネスと人権」、「社内でビジネスと人権に関する研修講師等のその他サポート」といった、企業の皆様にとって必要な「ビジネスと人権」に関する法務サポートを提供しております。
弊所のビジネスと人権を中心としたESG法務に関して、ご相談等を希望される企業の皆様におかれましては、同ビジネスと人権法務ウェブサイト上の問い合わせフォームからお気軽にご連絡ください。
企業の皆様からのご連絡・ご相談を、心よりお待ち申し上げております。
本内容は、執筆当時の情報をもとに作成しております。また、本コラムは、個別具体的な事案に対する法的アドバイスではなく、あくまで一般的な情報であり、読者の皆様が当該情報を利用されたことで何らかの損害が発生したとしても、かかる損害について一切の責任を負うことができません。個別具体的な法的アドバイスを必要とする場合は、必ず専門家(オーストラリア現地法に関する事項は、オーストラリア現地の専門家(弁護士等))に直接ご相談下さい。
【弁護士 高橋 健】