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医療法務の知恵袋

医療法務の知恵袋(5)【解任された理事の残在任期の報酬金】

医療法務の知恵袋⑤【解任された理事の残在任期の報酬金】

 

Question

私は,医師として医療法人の理事に就任していた者ですが,今般,突然,社員総会において私を理事から解任する決議がなされ,解任されてしまいました。

医療法人側は,私の残りの理事在任期間の報酬金を一切支払わないと言っていますが,それらの報酬金相当額は請求できないのでしょうか?

 

 

1 医療法は穴だらけ?

 

当事務所では,医療法人のご依頼者から,医療法人の設立や運営に関する法務相談をお受けすることがしばしばあります。

 

その場合,我々は,まずは医療法人の基本的なガバナンスを定めた医療法にあたるのですが,その際,医療法があくまで基本的事項しか定めておらず,当該個別具体的な事案に対応しきれないことが頻繁にあります。

 

また,問題の医療法人の定款も,そのような医療法をほぼコピーした内容でしかない場合も多く,定款で対応することもできないことがほとんどです。

 

しかも,現在のところ,医療法に定めのない医療法人のガバナンス等に関して紛争となった裁判例は,それほど多くなく,また,それに関する専門的書籍も乏しいところです(そのため,我々としても,大変頭を悩ますところです・・・)。

 

今回は,そのような医療法の穴(?)をめぐって裁判となった事件を一件,ご紹介したいと思います。

 

 

2 理事が解任された場合の残在任期間の報酬金は請求できるか

 

例えば,2年の任期で医療法人の理事となったAさんが,1年満了時点で,医療法人側から解任された場合,Aさんは,医療法人側に対し,残り1年間の報酬金(厳密には,報酬金相当額の損害賠償金)を請求できるのでしょうか。

 

もちろん,この理事Aさんに,何らかの不祥事があった場合(解任されるべくして解任された場合)は別です(当然,請求できません。なお,本件がそのような解任されるべくして解任された場合に該当するのか,という問題もありますが,今回は,一先ず置いておきます)。

問題は,そのような解任されるべき理由がない場合(解任に「正当な理由」がない場合)です。

 

結論的には,過去の裁判例(札幌地裁平成24年4月18日判時2176号69頁。以下「本判例」といいます。)で,そのような請求(残在任期間の報酬金相当額の損害賠償請求)が認められています。

 

医療法をめぐる問題の所在は,次の通りです。

 

医療法では,理事の任期は医療法46条の2第3項で定められていますが,その任期途中で解任された場合の残りの任期の報酬金の取決めが全く定められていません(平成27年4月時点。しかも,一般的に使用されている医療法人の定款にも記載がないことがほとんどです。なお平成28年9月時点につき※①参照)。

 

そこで,医療法人のような非営利目的の法人の一般法たる一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法人法」といいます。)の70条第2項(「解任された者(筆者注:理事等の役員)は,その解任について正当な理由がある場合を除き,一般社団法人に対し,解任によって生じた損害の賠償を請求することができる」)を類推適用して,解任に「正当な理由」がない限り,解任によって生じた損害(一般的には,残りの任期の報酬金がこれに当たると考えられています)を賠償できないか,という法的解釈論が争点となるのです。

 

本判例は,この一般法人法70条第2項を医療法人の理事にも類推適用することを認めて,結論としても当該理事の残りの任期期間の報酬金相当額の損害賠償請求を認めました。

 

3 おわりに-医療法の穴はまだ存在する?―

 

以上の本判例に照らせば,今回の「Question」のご相談者も,解任されるべくして解任されたのではない限り(解任に「正当な理由」がない限り),医療法人に対し,残りの任期の報酬金を請求することが可能です。

 

ところで,医療法の穴は,今回の問題だけにとどまらず,私の経験に照らしても,まだまだ数多く存在すると思われます。

 

そのため,これらの医療法の穴に対応していく方法としては,定款の内容をもっと充実したものにしていくことが考えられます(医療法の穴を的確に把握し,それへの対応策を考え,定款の条項に落とし込んでいく作業(いわば医療法の改正を行うようなものです)が必要です)。

 

もちろん,医療法が改正され,もっと詳細な法令として生まれ変わってくれれば,一番よいのですが(我々の悩みもある程度緩和されます・・・。平成28年9月時点※②参照),それがすぐには見込めない以上,各医療法人において,それぞれの定款を上記の通り詳細化させ,無用な法的トラブルが発生しないよう工夫していく必要があります。

 

 

※① 平成27年9月28日に公布された「医療法の一部を改正する法律」(平成27年法律第74号)によって、医療法46条の5の2第2項において「前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、社団たる医療法人に対し、解任によつて生じた損害の賠償を請求することができる。」と定められました。

 

 

※② 平成27年9月28日に公布された「医療法の一部を改正する法律」(平成27年法律第74号)によって、上記※①を含めた「医療法人の経営の透明性の確保及びガバナンスの強化に関する事項」が定められました。

 

 

 

(弁護士 髙橋 健)

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