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医療法務の知恵袋

医療法務の知恵袋(11)【救急病院の医師に求められる医療水準は高い?】

 

Question

 

私は,救急医療機関で当直を担当する医師ですが,仮に自分の専門外の患者が救急で搬送された場合,どの程度の水準の医療行為が求められますか?

 

 

 

1 救急医療機関とは

 

 

よくテレビドラマなどでもとりあげられる救急医療には,大きく分けて3つの種類があります。

 

①1次救急医療:帰宅することが可能な患者さん(軽症患者)に対する救急医療

 

②2次救急医療:入院が必要となりそうな患者さん(中等症患者)に対する救急医療(※イメージとしては,地域の基幹病院)

 

③3次救急医療:集中治療室への入院が必要となりそうな患者さん(重症患者)に対する救急医療(※イメージとしては,首都圏や大都市部の救命救急センター)

 

このうち,今回は,よく救急医療分野の医療裁判で問題となる②2次救急医療機関をとりあげたいと思います。

 

具体的には「自分の専門外の患者が救急で搬送された際,どこまでの水準の医療行為が求められるのか」という観点から,一つの裁判例をみてみたいと思います。

 

 

 

2 救急医療の現場において参考となる裁判例

 

 

2次救急医療の現場で,非常に参考となる裁判例として,大阪高判平成15年10月24日判タ1150号231頁があります(現場のドクターからすると,正直この裁判例は,やや気持ちが重くなるかもしれません・・・)。

 

この裁判例は,県が設置する2次救急病院が舞台です(以下ではこの病院のことを「本件病院」といいます。)。

 

交通事故で受傷した患者が救急車で本件病院に搬送されたのですが,そこで当直で担当したのは,脳神経外科を専門とするドクターでした。

 

そのドクターは,胸腹部の単純X線撮影や,頭部CT検査等を実施しましたが,異常な所見が認められなかったことから,入院のうえ,経過観察としました。

 

しかし,その後すぐに(同日中に),患者の容体が急変し,まもなく死亡した,という事案です(死因は外傷性急性心タンポナーデ)。

 

ここでは,主に,「ドクターは,救急隊員から患者がブロック塀に自動車でぶつかって受傷した,との報告を受けており,そのため,高エネルギー外傷を受けている可能性が高いことを知っていたのであるから,胸腹部の超音波検査等を実施すべきであり,それを実施すれば,心嚢内の出血に気付き,外傷性急性心タンポナーデと診断して,適切な治療(3次医療機関への搬送を含む)が行えたといえるか否か」が争点となりました。

 

結論的には,裁判所(大阪高裁)は,上記争点につき,当該ドクターのミス(過失)を肯定しました。

 

この事例においては,救急専門医ではない各診療科医師による救急医療体制がとられている2次救急医療機関において,専門外の患者が搬送された場合,どの程度の医療水準が求められるのかが問われました(現に,責任を認めた大阪高裁も,脳神経外科医(今回のドクター)は,研修医時代を除けば,心嚢穿刺に熟達できる機会はほとんどなく,今回の検査(腹胸部の超音波検査等)を日常的にすることはなかったと認めています)。

 

大阪高裁は,本件が「救急医療機関」であることに着眼し(重視し),専門外であってもその医師は,「救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)と考え,担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきと判断しました。

 

 

 

3 まとめ

 

 

このように,一般的に救急専門医ではない各診療科医師による救急医療体制がとられているに過ぎない2次救急機関においても,医師には,救急医療に求められる医療水準レベル(少なくとも,専門外であるからといって安易に求められる水準が下がるようなものではないレベル)と同じ注意義務が課せられています。

 

もっとも,このような判断は,相当難しい判断でして,実は,先程の大阪高判の第1審では,当該ドクターの責任は否定されています。

 

さらに,この事案では,1審,2審通じて医学鑑定が2回実施されたようですが,いずれの鑑定意見も,当該ドクターの医療行為は当時の2次救急医療機関の医師に期待される医療水準を満たしていた,との意見だったようです(ちなみに,そのような鑑定意見がある中,裁判所が医師の責任を認めることは,結構珍しいことといえます)。

 

 

そして,このような2次救急医療機関の医師に過酷とも評価し得る義務を課した影響もあってか,近年,2次救急医療機関の救急車受入れ実績等に医療機関間で大きな差がみられたり,本来は2次救急医療機関で受け入れるべき患者が,3次救急医療機関に回されるなど,救急医療機関内での役割分担に亀裂が生じ始めている等指摘されています(※1)。

 

このような社会問題等をふまえて,今後,裁判所の判断が変わってくる可能性も否定できませんが(※2),現時点では,やはり2次救急医療のドクターには,自己の専門内外にかかわらず,救急医療として求められる水準の医療行為が求められている,と考えるべきでしょう。

 

 

※1 厚労省が平成26年2月に発表した「救急医療体制等のあり方に関する検討会 報告書」の中でも,,2次救急医療機関の救急車受入れ実績等に医療機関間で大きな差が見られる等の問題点が指摘されています。

 

※2 例えば,専門外の患者に対する救急医療機関の当直医の責任を否定した近時の裁判例として,福岡高判平成22年11月26日判タ1371号231頁。

 

 

(弁護士 高橋健)

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