医療法務の知恵袋(6)【添付文書・ガイドラインの位置づけ】

医療法務の知恵袋(6)【添付文書・ガイドラインの位置づけ】

 

Question

 

医療過誤裁判では,一般的に,どのような場合に医師にミス(過誤)があったとされるのでしょうか?

 

 

 

1 医療過誤裁判における医師のミス(過誤)とは

 

 

医師の先生が法律家である弁護士に聞きたいこととして,最も関心のある事項は,やはりいつの時代も「医療過誤裁判」ではないでしょうか。

 

そのような医療過誤裁判において,常に議論の的となるのが,医師の先生にミス(過誤。法律用語でいうと「過失」。)が認められるかという問題と,そのミスと結果(例えば,不幸にも患者さんがお亡くなりになった場合は,そのお亡くなりになったことがここでいう結果です)との間に因果関係が認められるか(平たく言えば,社会の一般常識に照らして,「あれなければこれなし」の関係が認められるか)という問題です。

 

今回は,このうち,前者の医師の先生の診療上のミス(過失)に関して,裁判において,一般的にどのような場合にそのようなミスが認定されるのかをお話したいと思います。

 

 

裁判の世界において,医師の先生に診療上のミスがあったか否かは,「①診療当時」のいわゆる「②臨床医学の実践における医療水準」に照らして,しっかりと注意を尽くして診療にあたったかどうかで判断されます。

 

 

ここでは,大きく2つのポイントがあります。

 

 

1つが,「①医療当時」という部分でして,あくまでお医者さんのミスが認められるかどうかは,診療当時の医学的な知見に照らして判断される,という点です。

 

後で明らかになってきた医学的な知見でミスかどうかは判断されませんよ,という話です(医療裁判の場では,「過失はプロスペクティブ(前方視的)に判断される」と言いますが,それはこのような意味です。なお,因果関係は,逆にレトロスペクティブ(後方視的)に判断されます)。

 

 

ポイントの2つ目が,「②臨床医学の実践における医療水準」という部分です。

 

当然,裁判上のお医者さんのミスの判断は,学問としての医学水準などではなく,実践としての医療水準に基づいて判断されます。

 

そして,その医療水準とは,全国一律に決せられるわけではなく,当該医療機関の性格や所在地域の医療環境の特性などを考慮して決定されます。

 

簡単にいえば,例えば,大学病院で勤務する先生と開業医の先生とでは,その置かれている環境や医療設備,さらにいえば元々の担う社会的役割が違うのですから,同じ医療水準で判断することは適切ではないでしょう,ということです。

 

 

 

2 医療水準を考える上で重要となる「添付文書」や「ガイドライン」

 

 

以上の通り,お医者さんのミス(過失)を判断する「医療水準」とは,色々な要素によって判断されることとなりますが,それでも,「これに違反した診療行為を行ったら,さすがにまずい」と考えられているメルクマールがあります。

 

 

それが,「添付文書」であり,また「ガイドライン」です。

 

 

(1)添付文書に違反したら過失を推定される?

 

一般的に医薬品には添付文書が存在しますが,この添付文書に違反する薬剤の投与等を行った場合,裁判所は,医師や医療機関側に相当厳しい判断をします。

 

添付文書には,医薬品の使用にあたりその副作用などを考慮して,患者の安全を確保する見地から,様々な注意が喚起されています。

 

それらは,極めて重要な情報源と考えられており,それに違反した場合には,特段の合理的な理由がない限り,医師の過失が推定されてしまう,とまで言われています(※1)。

 

勿論,添付文書の記載自体が一般的・抽象的な表現の場合もあり,そもそも添付文書に違反しているのかが争点となる場合もありますが,いずれにしても,薬を処方する場合には,常に添付文書を意識する必要があります。

 

 

(2)ガイドラインも常に意識し,最新の情報をアップトゥデートしておく必要がある!

 

 

そして,薬の処方以外のシーンでも,一般的に,「これに違反すれば裁判所は医師の責任を厳しく判断する」と考えられる医学的知見があります。

 

それが,各学会等がそれぞれの診療科目で発表しているガイドラインです。

 

ガイドラインは,今日では,かなり多岐にわたる診療科目で発表されていますが,裁判所は,これらのガイドラインを医師の過失判断の重要な判断要素していることは間違いないと考えられます。

 

そして,それらのガイドラインの中には,かなり詳細な診断の進め方,アルゴリズム等が定められていることもあります。

 

一例をあげれば,血尿患者のスクリーニングから診断・治療にい たる臨床の指標として作成された「血尿診断ガイドライン」では,例えば顕微鏡的血尿の診療の進め方が,高リスクのファクターとともに図式化される等詳細に定められていますし,また,肺血栓塞栓症や深部静脈血栓症に関する予防ガイドラインでは,発生リスクを低・中・高・最高に階層化して,それに不可的な危険因子の有無等も加味して,各リスクレベルに対応する予防措置を定めています。

 

そして,裁判所も,これらのガイドライン上の判断枠組みに沿って医師の過失を判断する傾向があります(※2)。

 

 

3 添付文書とガイドラインには,常に細心の注意を払いましょう

 

 

このように医療裁判において,医師の先生にミス(過失)があった否かの判断では,添付文書やガイドラインが重要視されています。

 

このような考え方には,ガイドラインには,作成主体や周知の方法などにより,およそ信頼に足りるものかどうか微妙なものもあるといった声や,そもそもガイドラインは,高騰する医療費を出来る限り抑えるために作成された側面もあり,それが直ちに医師の過失判断に使われるべきではない,といった批判もあります。

 

しかしながら,ガイドラインは,証拠に基づく医療(EBM)の見地から生まれてきたものであり,それは,「現時点における診療の到達点を示すもの」という見方も強くあるところです(※3)。

 

そして,一般的には,開業医の先生であっても,ガイドラインはしっかりと把握し,それに従った診療を行うべきと考えられます。

 

そのため,添付文書やガイドラインは,大学病院等の先生はもちろん,開業医の先生においても,しっかりと把握しておく必要があります。

 

 

昨今,医療訴訟に巻き込まれないために,色々な対策が言われていますが,少なからず医療過誤裁判を検討し,また代理人として経験してきた身としては,やはり,添付文書やガイドラインといった基本的な医学的知見をしっかりと押さえ,それをふまえた診療行為(場合によっては,あえてガイドライン通りの診療をすべきでない場合も当然あるでしょう。※4)をすることが王道かつ最良の対策なのだと痛感します。

 

 

 

 

※1 例えば,最判平成8年1月23日民集50巻1号1頁(腰椎麻酔による事故のケース)参照。

 

※2 例えば,東京地判平成24年5月30日LLI/DB 判例秘書登載(肺血栓塞栓症により患者が死亡したケース)参照。なお,結論としては,医師側の責任を否定。

 

※3 例えば,大阪高判平成14年9月26日判タ1114号240頁参照。

 

※4 裁判所も,ガイドラインの内容通りにしなければ常に過失がある,とまでは考えていません。例えば,札幌地判平成19年11月21日判タ1274号214頁参照。

 

 

 

(弁護士 髙橋 健)