医療法務の知恵袋(9)【不作為型の医療過誤ー熱心なお医者さんほど責任が問われやすい?-】

 

Question

 

医療過誤裁判のうち,例えば癌の見落としのような,「あってしかるべきもの(医療行為)がない」ケースでは,どのような場合に医療ミスとして法的責任が問われますか。

 

 

 

1 不作為型の医療ミスのケースとは

 

医療過誤は,大別して,「作為型」と「不作為型」の2種類に分けられます。

 

前者の「作為型」とは,典型的には手技ミスです。例えば,手術中に手術器具の操作を誤った結果,患者が死亡してしまったようなケースです。

 

このように,現実に行われた医療行為にミスがあって,悪しき結果が生じてしまったようなケースでは,「当時の医療水準からして,当該手術器具の操作は誤り(医療ミス)といえるか」(過失の問題)や,「その手術器具の操作の誤りによって患者の死亡という結果が生じたといえるか」(因果関係の問題)といった形で,問題となる医療行為が自ずと特定されるため,争点は定まりやすく,お医者さん・医療機関側としても,比較的対応(検討)がしやすいかと思います。

 

他方,後者の「不作為型」は,「あってしかるべき医療行為がないこと」を問題とするものであり,典型的には,癌などの疾患の見落としです。

 

この不作為型では,「当時の医療水準からして,★★という症状があったのであれば,〇〇という検査を実施すべきであり,その検査を実施すれば〇〇癌を発見できたはず,といえるか」や,「その時点で〇〇癌を発見し,直ちに適切な治療を開始すれば,今回の結果(患者の死亡等)を避けられた,といえるか」といった問題検討が必要となり,そこには,どうしても「検査すれば〇〇癌が発見できたはず」「直ちに治療を開始すれば死亡しなかったはず」といった仮定の議論が入り込んできます。

 

また不作為型では,「★★という症状があれば,〇〇という検査を実施すべきであったといえるか」といった形で,現実には行われなかった医療行為を具体的に特定して,医学的知見をもとに当該医療行為が行われるべきであったか否かという規範的判断(いわば価値判断)が行われます。

 

 

2 熱心なお医者さんほど責任が問われやすい?

 

 

以上のように,不作為型の医療ミスのケースでは,作為型にはない難しい判断を迫られることになりますが,それとは別に,不作為型で見逃すことのできない問題として「熱心なお医者さんほど責任が問われやすいのか?」という問題があります。

 

上記1でもお伝えした通り,不作為型のケースでは,「ある特定の時点において,★★という医療行為(例:検査)をすべきであったか否か」が争点の1つとなるわけですが,その判断において最も重要となることは,その特定の時点での当該患者の状態(症状や検査結果)です。

 

例えば,癌の見落としのケースであれば,ガイドラインや標準的な医学文献で当該癌を疑うべきとされる症状や検査結果が,その時点の患者に生じていたか否か,という事実関係が重要となります。

 

この点,例えば,全くそのような医学的知見が抜け落ちており,そのため,問診により患者の症状を聴取したり,あるいは基礎的な検査を行ったりしていなかったケース(残念ながら,医療ミスと言われても仕方がないお医者さんのケース)と,熱心に患者の症状を問診し,その症状をカルテに記録するとともに,基礎的な検査を実施し,その検査データを得るところまで行っているものの,最後,それらの症状や検査結果をもとに癌を疑うことができなかったケース(熱心なお医者さんではあるが,最後の詰めに問題が見られるケース)とでは,不合理なことに,後者のお医者さんの方が,責任を問われやすい面があります。

 

なぜなら,前者のお医者さんのケースでは,そもそも症状や標準的な検査結果がないため,「当該時点で★★という医療行為をすべきであった」との判断材料が絶対的に不足しており,責任追及の材料が乏しいといえますが,後者のお医者さんのケースでは,それらの症状や標準的な検査結果はカルテ等に記録されているため,責任追及の材料が多いといえるためです。

 

以上を前提にすれば,熱心に取り組むお医者さんの方が,全く問診や検査等を行わないお医者さんより,医療ミスの責任追及にさらされる可能性が高いのかと思えてきます(極論すれば,カルテには,あまり記録を残さない方がよいのか,とさえ思えてきます(勿論,そのようなことがあってはならないのは,後述の通りです))。

 

 

3 裁判実務において

 

 

以上のような事態があってはならないことは当然であり,そのため,裁判実務では,お医者さんに明らかな怠慢が見られるケース(全く問診や検査をしていないケース)において,さまざまな工夫がなされています。

 

例えば,ある裁判例では,患者側の立証責任を軽減・緩和するような形で上記のようなケースでも責任追及を認めたものがあります(例 岡山地判平成19年1月31日(LLI/DB))。

 

この岡山地判では,ある特定の時点において,患者を転院させていれば救命できたか否かを判断できない事態となったのは,問題のお医者さんがCT検査を行っていなかったため,その時点での患者の疾患の程度を立証できないからであることに鑑みると,転院していれば救命できたことを立証できないことによる不利益を患者側に負わせるのは妥当でない,という判断から,結論的には,CT検査等を当該お医者さんが行っていれば,患者を救命できた高度の蓋然性があったというべきである,と判断しています。

 

また,このような立証責任を軽減・緩和するような方法以外にも,例えば,後医(責任追及されているお医者さんの後に当該患者を診た医者さん)が実施した問診結果や検査結果に,医学的な知見に裏付けされた経験則を当てはめて,当時(医療ミスがあったと主張されている時点)の患者の症状・状態を推認する方法がとられたケースもあります。

 

 

4 まとめ

 

 

以上のとおり,現在の裁判実務では,前述した不作為型の立証の難しさは依然あるものの,全くの怠慢で問診や検査を怠ったお医者さんの責任を安易に否定しているわけではありません。

 

やはりお医者さんとしては,常に,必要な医学的知見(ガイドラインや添付文書に記載された医学的知見が重要なそれに該当することが多いことは,「医療法務の知恵袋(6)」のとおりです)の修得に励み,それに裏付けられた医療行為(問診・検査・診断・治療等)を行いカルテ等に記録化することが肝要といえます。

 

 

(弁護士 髙橋 健)