医療法務の知恵袋(12)【医療事故調査制度って何?】
Question
今年の10月から医療事故調査制度が始まったと聞きました。どのような制度でしょうか?また、大病院ではないいわゆる診療所などでも対応する必要がありますか?
1 医療事故調査制度について
昨年に引き続き、今年も「医療と法ネットワーク」(※1)のフォーラムに参加してきました。
今年のフォーラムのテーマも、昨年と同様、「医療事故調査制度」(以下「事故調」といいます。)でした。
事故調が、今年の10月から施行されたとあって、今年は、医師の先生方や医療関係者の方々(特に比較的大規模の病院関係者の方々)が大勢参加されているように見受けられました。
もっとも、医療機関の皆さん(特に個人のクリニック等を経営しておられる開業医の先生方)においては、「何かよくわからないが、法律が変わって、医療事故が起きたら、調査をしないといけないらしい・・・」といった程度の認識ぐらいしかまだお持ちでないものと思います。
そこで、本コラムでは、これから数回にわたって、事故調のことを取り上げていきたいと思います。
2 制度の目的と、手続の流れ
事故調は、発生した医療事故の原因究明と再発防止を図り、これにより医療の安全と医療の質の向上を図ることを目的としています。
そしてここでのポイントは、事故調の目的は、「個人責任の追及ではない」ということです。
この「事故調は、個人責任の追及(担当医師や医療従事者の方への刑事責任や民事責任(損害賠償等)の追及)につながるのではないか」という問題点は、本医療法務の知恵袋(4)でもお伝えした通り、以前から医療機関サイドで危惧していた点です。
今回の事故調は、この「事故調は個人責任の追及ではない」という点を、医療法6条の11に関する通知にて、明確に記載しています(但し、実際の運用としては、後述するとおり、調査結果の報告書は患者側にも交付されることが予定されており、患者側がそれを後に起こす医療裁判の資料にすることは可能です。そのため実際上は、事故調が個人責任と全く切り離されているとまでは言えないと考えられます)。
それでは、医療機関は、実際に医療事故が生じた場合、どのような手続きをとらないといけないのでしょうか。
以下、手続の概要をご説明します。
【手続の概要(時系列に沿って)】
①死亡事例発生
※今回の事故調は、患者が「死亡または死産した場合」に限定して、医療機関側に事故調査義務を課しています。
②医療機関側において、本件が「医療事故」に該当するか否かの判断を行う
※今回の事故調は、当該患者の死亡または死産が、医療に起因し、または起因すると疑われるもので、かつ予期しなかったものである場合に限り、「医療事故」として医療機関側に事故調査義務を課しています。
※この「予期しなかったもの」などの要件(事故調の入り口の議論)については、判断が難しく、現に10月から制度が施行して以降、医療機関側から後述するセンターにあった問い合わせのうち4分の1程度がこの「医療事故」該当性の質問だったようです。
この入口の議論は、次回の医療法務の知恵袋で詳しくお話する予定です。
③遺族への医療事故発生の説明
④「医療事故調査・支援センター」(以下「センター」といいます。)への医療事故発生の報告
※「医療事故調査・支援センター」とは、今回、新たに医療法改正で定められた機関であり、厚生労働大臣から指定を受けた機関のことをいいます。
⑤当該医療機関において、院内調査委員会を設置し、調査開始
※ここでは当該医療機関は、適宜、職能団体(日本医師会等)や学術団体(日本医学会等)の支援団体と呼ばれる機関(「医療事故調査・支援センター」とはまた別です)から、事実関係等の「整理・調査」に関する支援や、「分析・報告書作成」に関する支援を受けることができます。
⑥調査が終わり次第、遺族に結果説明をするとともに、「医療事故調査・支援センター」に結果を報告する(報告書等の提出)
※当該医療機関または遺族は、上記院内調査とは別に、センターに対し、事故調査を依頼することができます。なお、仮に医療機関がセンターに対し、当該センター調査を依頼したとしても、当該医療機関は、院内調査自体は実施する必要があります。
3 まとめ
以上のように、今回の事故調は、「医療事故」が発生した場合、医療機関に対し、センターへの報告義務(上記④)や、院内事故調査を実施する義務(上記⑤)、調査終了後のセンター及び遺族への報告義務(上記⑥)が法的に課されているのです。
そしてこれは、病院のみにならず、診療所(患者を入院させるための施設を有しないもの又は19人以下の患者を入院させるための施設で、一般的には「医院」や「クリニック」といった呼ばれ方をしている病院のことです)にも同じように課されています。
実際にも、最初の1カ月間(平成27年10月1日~同年同月31日)の医療事故報告件数20件のうち、5件が診療所であったとの報告もあります。
このように、今回の事故調は、すべての医療機関に等しく適用されるルールであり、注意が必要です。
次回の知恵袋では、事故調の入り口の問題である「医療事故」かどうかの判断基準について詳しくお話する予定です。
※1 「医療と法ネットワーク」とは、医療関係者と法律関係者とによる「医療と法律の橋渡し」となる対話の場を提供することを目的として2010年に設立された団体です。
弁護士 髙橋健