スポーツ仲裁の判断基準―不利益処分にかかる事実に関する立証責任
第1 はじめに
リオデジャネイロオリンピックが閉幕したところですが、開幕前には、女子ロードレースの代表選考に関する紛争が日本スポーツ仲裁機構(JSAA)で1件審理されており、平成28年6月24日、日本自転車競技連盟(JCF)からリオデジャネイロ五輪代表の選考外とされたロードレースの與那嶺恵理選手による処分取り消しの申し立てを認める裁定(ニュース・JSAAのHP)がなされていました。
個人的には、ロードレースのレース運びに関する約束事等はよくわかっていないものの、一般論として、スポーツ仲裁における不利益処分にかかる事実に関する立証責任について言及がなされていることから、本稿でご紹介致します。
第2 仲裁判断における不利益処分にかかる事実に関する立証責任
1.仲裁事例の判示内容
2016年の仲裁事例〔JSAA-AP-2016-001〕(公益財団法人 日本自転車競技連盟が被告申立人のケース)の理由中の判断において、一般論として、「不利益処分にかかる事実に関する立証責任」について以下のとおり判示されています。
「本件においては、被申立人は申立人が上記(1)ⅰの指示に反したこと及び同ⅱの方針に反したことを認定して本件処分を科したのであるが、申立人はそのような違反はないと主張している。
不利益処分の基礎となる事実の立証責任については、Court of Arbitration for Sport(以下、「CAS」という)の先例によれば、スポーツ仲裁は民事上の仲裁(※)であり、立証責任は各国法によるとしたうえでスイス民法典第8条により規律処分の処分者側に立証責任を負わせたものがある(CAS 2010/A/2266、CAS 2014/A/3625)。
(※原文では、「スポーツ『制裁』は民事上の『制裁』であり、表記されていますが、「仲裁」の誤記と判断し訂正しています。)
日本法においては、民事訴訟における立証責任については法律要件分類説によるとされており、これによれば義務違反を認定し処分対象者に不利益処分を科した処分者側に義務違反の事実について立証責任があると考えられる。行政訴訟においては「…のときは処分する」という場合は権限行使を主張する行政庁側が立証責任を負うという学説が有力である。労働紛争における立証責任については懲戒処分に該当する客観的合理的理由については使用者側が立証責任を負うと解されている。
これらから見て、被申立人のような国内スポーツ連盟が同連盟に登録する選手に対してオリンピックの選手選考から除外するというような重大な不利益処分を行う場合には、その処分の根拠となる事実については国内スポーツ連盟が立証責任を負うというべきである。」
2.ポイント
スポーツ仲裁も民事上の仲裁であって、日本の民事訴訟と同様の立証責任の分配が妥当することを前提に、法律要件分類説に基づき、義務違反を認定し処分対象者に不利益処分を科した処分者側に義務違反の事実について立証責任がある、と判断されています。
紛争の対象となっている競技に関する特殊なルール等が登場することから、スポーツ仲裁は特殊な仲裁という印象が強いものの、あくまでも、民事上の権利義務の存否に関する紛争を裁定する紛争解決手続であって、基本的な一般原則は民事訴訟と同じという発想で臨むことで差し支えないことを示す一つの仲裁判断といえるのではないでしょうか。
以上
(弁護士 武田雄司)