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スポーツ仲裁の判断基準―審判の判定に対する事後的判断の可否

弁護士 武田雄司

第1 はじめに

 

最近、バスケットボール女子Wリーグ公式戦の審判の判定に関して、試合をした一方のチームが、主審を務めた審判員を相手に損害賠償請求訴訟を静岡地裁に提起したというニュースを目にしました。

 

ニュースの情報を見る限り、民法第709条の不法行為に基づく損害賠償請求を求める訴訟のようですが、そもそも論としての損害の発生や因果関係等、誤審のケースで不法行為の各要件を主張、立証することは一般論として極めて難しいのでは、というのが初歩的感想であって、原告となるチームとしては、どこを落としどころとして、紛争解決手段として訴訟を選択したのか、裏話がニュースに上がってくることを期待するところです。

 

もっとも、(このニュースのケースがそうだという意味ではなく)本当に審判を買収したことが立証できるようなケースではどうなんだろうと考え出したところで、答えを出すのは難しそうなのですぐに諦め、本稿では、関連して思い出した、審判の判定に対する事後的判断の可否に関して示したスポーツ仲裁の判断をご紹介したいと思います。

 

第2 仲裁判断における審判の判定に対する事後的判断の可否

 

1.仲裁事例の判示内容

 

2015年の仲裁事例〔JSAA-AP-2015-003〕(公益社団法人日本ボート協会が被告申立人のケース)の理由中の判断において、一般論として、「審判の判定に対する事後的判断の可否」について以下のとおり判示されています。

 

「被申立人は、代表選考の資料となる試合の運営が(故意もしくは重過失により)極めて不適切・不公平な方法で行われ、その不適切な試合運営により代表選考の資料となる試合の結果が大きく変わることになれば、競技者は救済されないばかりか、代表選考の目的からも大きく逸脱し、不合理極まりないというC大学クルーの主張を援用する。

 

確かに、審判が、例えば買収等により悪意をもって不誠実な判定をしたような場合には、例外的に審判の判定の適否に事後的な審査機関が踏み込んで判断する必要があることは否定できないが、そういった特殊な事情がない限り、審査機関が試合中の審判の処分に立ち入った判断をすべきではない(参考:CAS2004/A/704 Yang Tea Yong v/FIG(In short Courts may interfere only if an official’s field of play decision is tainted by fraud or arbitrariness of or corruption; otherwise although a Court may have jurisdiction it will abstain as a matter of policy from exercising it), CAS OG 00/013 Segura v/IAFF (CAS arbitrations do not review the determinations made on the playing field by judges, referees, umpires or other officials who are charged with applying what is sometimes called “rules of the game.” (One exception among others would be if such rules have been applied in bad faith, e.g. as a consequence of corruption.)、CAS OG 02/007 Korean Olympic Committee(KOC) v/ International Skating Union(ISU) (It is clear that CAS Panels do not review ‘’field of play’’ decisions made on the playing field by judges, referees, umpires or other officials, who are responsible for applying the rules or laws of the particular game.) CAS OG 04/007 Comite’ National Olympique et Sportif Francais(CNOF), British Olympic Association (BOA) and United states Olympic Committee (USOC) v Federation Equestre Internationale (FEI) and National Olympic Committee for Germany 等)。被申立人の裁定委員会規定第2条や当機構のスポーツ仲裁規則第2条第1項も同様の趣旨と解することができる。本件においては、審判が悪意をもって不誠実な判定をしたような事情は、当事者から一切主張されておらず、両当事者から提出された証拠からもそのような事情は一切伺われない。

 

また、本レースで主審が審判艇ではなく、伴走車に乗って審判をすることで、審判艇から見るよりも見えづらい、あるいは見落としやすい部分があるとしても、そのことによって特定の競技者に有利な(あるいは不利な)状況が作出されたことはない(詳しくは後述する。)。そもそも、原則どおり主審が審判艇に乗って審判をした場合であっても、見落としや判断ミスの可能性が完全になくなるわけではないが、その点も踏まえて、被申立人の裁定委員会規定や当機構のスポーツ仲裁規則は、「審判の判定」には踏み込まないとしているのである。よって、本件においても、審判の判定を審査の対象とすることはできない。」

 

2.ポイント


上述の仲裁判断が指摘する仲裁規則第2条第1項本文には次のとおり規定されています。

 

「この規則は、スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が競技者等に対して行った決定(競技中になされる審判の判定は除く。)について、その決定に不服がある競技者等(その決定の間接的な影響を受けるだけの者は除く。)が申立人として、競技団体を被申立人としてする仲裁申立てに適用される。」

 

このとおり、仲裁規則上、審判の判定はそもそもは仲裁判断の対象にならないとされています。

 

しかし、審判の判定によって競技結果が左右される場合には、当該左右された競技結果に基づく競技団体の決定が仲裁判断の対象になる以上、間接的には審判の判定も判断の対象になりうるところであって、この点について、上述の仲裁判断では、原則、間接的にでも審判の判定に対して事後的に判断はしないことを宣言していると理解することになります。

 

但し、例外的に「例えば買収等により悪意をもって不誠実な判定をしたような場合」は除くと判断しており、このような特殊な場合には、仲裁機関が、試合中の審判の処分にも立ち入った判断をすることがありうるという点がポイントです。

 

もっとも、仲裁機関が、試合中の審判の処分にも立ち入った判断をしたとしても、実際に競技結果が左右されたと判断することは別の問題であって、これこそ本当に難しい判断なのだと思います(例えば、サッカーで明らかなPKが見逃されたとして、仮にPKが与えられていたとしても、残念ながら必ず決まるなんてことはないわけで、試合の結果が変わったと判断することはやっぱり難しいということです。)。

 

以上

(弁護士 武田雄司)

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