スポーツ仲裁の判断基準―代表選考決定の取消しに関する仲裁の判断基準について
第1 はじめに
スポーツ仲裁が利用される案件としては、競技団体の決定の取消しを求める案件が比較的多く、競技団体の決定を取り消す基準については、「スポーツ仲裁の判断基準―競技団体の決定の効力に対する判断基準について」でも記載したとおり、「①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである。」という一般的な基準が繰り返し指摘されているところです。
そのような団体の決定の取消基準の一種ではありながら、代表選考に関する決定を取り消す基準については、より具体的に別の要素を取消基準が設定されていることから、本稿においては、代表選考基準に関する仲裁の判断基準をご紹介したいと思います。
第2 ボッチャの国内競技団体である被申立人が行った本件競技会の出場選手として申立人を選出しなかった決定の取消しが求められた事案(日本仲裁機構HP)
ボッチャ(ヨーロッパで生まれた重度脳性麻痺者もしくは同程度の四肢重度機能障がい者のために考案されたスポーツで、パラリンピックの正式種目です。ジャックボール〔目標球〕と呼ばれる白いボールに、赤・青のそれぞれ6球ずつのボールを投げたり、転がしたり、他のボールに当てたりして、いかに近づけるかを競う競技です〔日本ボッチャ協会HP〕。)の競技者が、ボッチャの国内競技団体に対して、競技会の出場選手として申立人を選出しなかった決定の取消しを求めて申し立てられたスポーツ仲裁において、スポーツ仲裁パネルでは、代表選考に関する決定を取消す場合の基準について次のとおり判示しています。
「本件は、ボッチャの国内競技団体である被申立人が行った、本件競技会の出場選手として申立人を選出しなかった決定の取消しが求められている事案である。
このように国内競技団体が行った決定の取消しが求められた事案について、当機構における過去の仲裁判断では、「代表選考は客観的な数値にしたがい自動的に決まる旨の基準があらかじめ定められているような場合であれば格別、このような基準がない場合は、競技団体としては、当該競技に関する専門的見地及び大会で好成績を上げるための戦略的見地から、記録以外のさまざまな事情、たとえば技術以外の能力、調子、実績、団体競技であれば競技者間の相性等を総合考慮して判断することも、選手選考の性質上必要であると考えられる。ただ、選考過程において、試合結果等の数値を考慮せず恣意的な判断を行う等、競技団体としての専門性を放棄するような裁量を逸脱する判断が行われた場合にのみ、当該代表選考が無効ないし取消しうるべきものとなる」との判断基準が示されている(JSAA-AP-2010-004(ボウリング)、JSAA-AP-2010-005(障害者バドミントン))。
本件スポーツ仲裁パネルも基本的にこの基準が妥当であると考えるので、本件においても、上記基準に基づいて判断する。」
3.ポイント
以上のとおり、代表選考については、客観的な記録によって自動的に決まる旨の基準が定められている場合は別論、競技団体の専門的見地から、記録以外の諸要素を考慮することは何ら否定されておらず、「試合結果等の数値を考慮せず恣意的な判断を行う等、競技団体としての専門性を放棄するような裁量を逸脱する判断が行われた場合」に限り、競技団体の決定を取り消すものとされているため、一般的に、競技団体の決定を取り消す基準と同様に、そのハードルは相当高く設定されています。
取消しを求める者としては、選考基準を試合結果等の数値を考慮せず恣意的に判断が行われた等の事実を主張立証する必要がありますが、選考する競技団体としても、全く理由がなく選考するようなことは通常考えにくく、個別のケースで主張立証が成功するケースはなかなか存在しないのが現実的と言えそうです。
もっとも、本件では、本件会報が示していた「上位成績者」基準に従えば申立人(本件大会で優勝し、合宿等の試合結果でも高い勝率を誇る選手)を本件競技会の出場選手に選出することを原則とすべきところ、合理的な理由なくC(本件大会でベスト8に入らず〔本件大会の参加者は16名であり、1勝もできなかった。〕、合宿等での勝率も、申立人と比較すると遥かに下回っていた選手)を選出し、申立人を選出しないとするものであり、取り消されるべきである、と結論づけられており、特殊な事案であったようです。
争う場合には、選考基準を詳細に検討することは当然として、試合結果等の数値を考慮せず恣意的に判断が行われたものではないか、過去の成績や代表合宿等における試合結果や評価等、様々な情報をつぶさに検討し、慎重に判断をする必要があるでしょう。
以上
(弁護士 武田雄司)