スポーツ仲裁の判断基準―競技団体の決定の効力に対する判断基準について
第1 はじめに
前回のコラムでは、日本自転車競技連盟(JCF)からリオデジャネイロ五輪代表の選考外とされたロードレースの與那嶺恵理選手による処分取り消しの申し立てを認める裁定を取り上げましたが、このように、スポーツ仲裁が利用される案件としては、競技団体の決定の取消しを求める案件が比較的多くを占めています。
各案件の裁定では、競技団体の決定の効力に対する判断基準を一般論として繰り返し述べ明確にされているため、本稿では、その内容を確認しておきたいと思います。
第2 仲裁判断における競技団体の決定の効力に対する判断基準について
1.競技団体の決定の効力に対する判断基準
2015年の仲裁事例〔JSAA-AP-2015-006号事案〕(岐阜県バレーボール協会が被申立人のケース)の理由中の判断において、一般論として、「競技団体の決定の効力に対する判断基準」について以下のとおり判示されています。
「競技団体の決定の効力が争われたスポーツ仲裁における仲裁判断基準として、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例によれば、「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟については、その運営について一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである。」と判断されており(JSAA-AP-2003-001号仲裁事案(ウェイトリフティング)、JSAA-AP-2003-003号仲裁事案(身体障害者水泳)、JSAA-AP-2004-001号仲裁事案(馬術)、JSAA-AP-2009-001号仲裁事案(軟式野球)、JSAA-AP-2009-002号仲裁事案(綱引)、JSAA-AP-2011-001号仲裁事案(馬術)、JSAA-AP-2011-002号仲裁事案(アーチェリー)、JSAA-AP-2011-003号仲裁事案(ボート)、JSAA-AP-2013-003号仲裁事案(水球)、JSAA-AP-2013-004号仲裁事案(テコンドー)、JSAA-AP-2013-023号仲裁事案(スキー)、JSAA-AP-2013-022号仲裁事案(自転車)、JSAA-AP-2014-003号仲裁事案(テコンドー)、JSAA-AP-2014-007号仲裁事案(自転車)、JSAA-AP-2014-008号仲裁事案(ホッケー)、JSAA-AP-2015-002号仲裁事案(ホッケー)、JSAA-AP-2015-003号仲裁事案(ボート))、本件スポーツ仲裁パネルもこの基準が妥当であると考える。」
続いて、当該事例において問題とされた①弁明の機会が付与されていない問題、②処分通知に処分の前提となった事実と処分の理由が書かれていない問題、③規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合の該当性については次のとおり述べ、申請者の請求を棄却しています。
2.各具体的争点に対する判断
2.1 手続的瑕疵について
①弁明の機会が付与されていない問題について
「弁明の機会を付与するに当たっては、被処分者に対して防御の機会を与えるため、処分の対象となる認定事実及び処分の可能性を明らかにした上で、被処分者に口頭または書面で弁明させることが最も望ましいといえる。しかし、明示的に弁明の機会として、被処分者に弁明等をする機会が与えられなかったとしても、実質的に、弁明の機会が付与され被処分者の防御権の侵害がなかったと認められる場合には、処分を取り消すほどの手続的瑕疵があるとはいえないと解するのが相当である。」
「本件処分に当たっては、被申立人のD理事長からの指示を受けてC協会のE理事長が本件事情聴取を実施した際、申立人は、「行為の対象となった生徒は別人である」、「いずれの生徒も怪我をしていない」、「蹴ったことについても、足で軽く指示を出すような形で軽く蹴ったような形になった」、「人格を否定するような事は言っていない」などと説明したことが認められる。これらの申立人の説明は、申立人自身が被申立人から処分を受ける可能性があることを踏まえて、処分の対象となる事実として認定が予想される事項についてなされたものと解するのが相当である。そして、関係証拠によれば、申立人による上記説明内容は、本件倫理委員会及び本件理事会にも伝えられ、これを踏まえて本件処分が決定されたものと認められる。また、申立人は本件理事会の招集通知を受領し、委任状出席をしていたことからすれば、本件理事会に出席し弁明をすることもできたにもかかわらず、その機会を放棄したともいえる。これらの事実を総合的に勘案するならば、申立人に対する弁明の機会は実質的に与えられていたものと解され、申立人の防御権を侵害する程度の手続違反があったとまで評価することはできない。」
②処分通知に処分の前提となった事実と処分の理由が書かれていない問題について
「申立人と被申立人との間で本件処分の対象となる本件認定事実自体には争いがなく、相互に共通の認識があったと認められる。また、本件認定事実がいずれの規定に違反するのかが明記されていなくとも、申立人は、本件認定事実が本件規程により禁止される事項であることを認識していたと認められる。
したがって、本件処分に当たっては、申立人の防御権を侵害する程度の手続違反があったとまで評価することはできない。」と判断されています。
2.2 規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合について
より具体的な規範としては、「被申立人の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく合理性を欠き、裁量権の範囲を逸脱してこれを濫用したと認められた場合に限り、違法であると判断すべき」という一般論を立てた上で、「被申立人が、体罰を根絶する立場にあった申立人に対して、処分の解除を視野に置きつつ、通常よりも厳しい本件処分を行ったとしても、被申立人の裁量権の行使に基づく本件処分が社会通念上著しく合理性を欠き、裁量権の範囲を逸脱してこれを濫用したとまではいえない。」と判断されています。
3.ポイント
以上のとおり、日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟については、その運営について一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない原則が働くため、基本的には、競技団体の決定を違法として取り消すハードルは相当高く設定されてます。
取消しを求める者としては、どのような事実で処分をされたのか全くわからない状況で(単に、主観的に理解できないと主張するだけでは足りず、客観的にもどのような事実で処分を受けたものか全くわからないような状況が必要)、事情聴取を全く受けない等、弁明する機会すら一切与えられなかったという事実を十分に主張立証する必要があるでしょう。
また、処分の重さが他の処分事例との関係で極めて過剰であることを十分に主張立証できなければ、なかなか「社会通念上著しく合理性を欠き、裁量権の範囲を逸脱してこれを濫用した」というハードルを超えることは難しいことが多いのではないかと思われます。
以上
(弁護士 武田雄司)