スポーツ法務

a professional lawyer of sports

ファウルボール訴訟について(その2)

弁護士 武田雄司

前回に引き続き、ファウルボール訴訟に関する考察です。

 

今回は、平成23年2月24日の仙台地裁判決(平成21年(ワ)716号:裁判所ウェブサイト掲載)の判断内容について見ていきたいと思います。

 

第3 仙台地裁の判断


1 「瑕疵」の判断基準

 

「瑕疵」とは、通常備えているべき安全性を欠くことをいい、「瑕疵」の有無は、当該施設の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合的に勘案し、個別具体的に決せられるべきである。

 

野球は、攻撃側のバッターが守備側のピッチャーが投げる硬式野球ボールをバットで打ち返すという競技スポーツであることから、実際に競技をしている選手はもちろんのこと、観客に対しても、本質的に一定の危険性を内在しているということができる。そして、プロ野球が日本国内において広く普及していることは公知の事実であって、ファールボールが観客席に入る危険のあることも、少なくともプロ野球の観戦に行くことを考える通常の判断能力を有する人にとって容易に認識し得る性質のものといえることにかんがみると、上記のような危険性を回避するためには、球場に設置された安全設備の存在を前提としつつ、観客の側にも相応の注意をすることが求められているというべきである。

 

また、臨場感もプロ野球の観戦にとっては無視することのできない本質的要素といえるであって、必要以上に過剰な安全施設を設けることは、プロ野球観戦の魅力を減殺させ、ひいてはプロ野球の発展を阻害する要因ともなりかねない。

 

以上の諸事情にかんがみると、プロ野球の球場の「瑕疵」の有無について判断するためには、プロ野球観戦に伴う危険から観客の安全を確保すべき要請と観客側にも求められる注意の程度、プロ野球の観戦にとって本質的要素である臨場感を確保するという要請等の諸要素の調和の見地から検討することが必要であり、このような見地からみて、プロ野球施設に設置された安全設備について、その構造、内容や安全対策を含めた設備の用法等に相応の合理性が認められる場合には、その通常の用法の範囲内で観客に対して危険な結果が実現したとしても、それは、球場の設置、管理者にとっては、不可抗力ないしは不可抗力に準ずるものというべきであって、プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を欠くことに起因するものとは認められないというべきである。

 

2 「瑕疵」に該当する事実として認定された事実

 

①日本国内における体育施設の充実とその効果的な運営を目的とする財団法人日本体育施設協会が定める「屋外体育施設の建設指針」には、球場における内野席フェンスの高さに関し、バックネットの延長上に外野席に向かって高さ3メートル程度の防球柵を設け、また、打球の速さなどを考えた処置を要するとの記載がある。

 

②本件球場における内野席フェンスの高さは、ダッグアウト及びカメラマン席がある部分については4.79メートル、それらよりも外野寄りの部分については4.29メートルであり、通常想定されるライナー性の打球を防ぐために十分な高さである。

 

③他の球場との比較において平均的な高さを保っているということができ、この点からは、本件球場は、プロ野球の球場に求められている社会通念上の安全性を備えている。

 

④試合競技続行中(イン・プレー)の状態では1つのボールしか使用されないのであるから、観客としては投球動作に入るごとにボールの行方に注意を向ければファールボールによる危険は回避し得るのが通常であり、また、観客は、以下のア)~エ)の対策によって、視覚及び聴覚によってファールボールの危険性を試合前及び試合中を通じて認識できるのであるから、これらの対策は、本件球場における内野席フェンスによる安全対策を補うものとして有用で合理的な措置ということができる。

 

ア)チケットの裏面に「ファールボール等で負傷した場合、応急措置は致しますが、その後の責任は負いません。十分ご注意ください。」との注意文言が記載されている。

 

イ)内野席には1塁側と3塁側を合わせて合計約30枚、球場外の外周エリアには約20枚の「ファールボールにご注意ください」と記載された看板が設置されているほか、イニング間において「ファールボールにご注意ください」と記載されたプラカードを持った職員が観客席を巡回している。

 

ウ)試合開始約30分前にファールボールへの注意喚起を促す動画を電光掲示板で放映し、試合中においては、ファールボールが観客席に入った場合の全てにおいて、電光掲示板に「あぶないっ!ボールの行方には十分ご注意下さい。」との静止画像を示すとともに、注意喚起のアナウンスを実施している。

 

エ)ファールボールが観客席に入る際には、警笛(ホイッピー)を鳴動させる。

 

⑤観客の安全性の確保を目的として、内野席フェンスの高さを上げる等の措置を講じることは、かえってプロ野球観戦の本質的要素である臨場感を損なうことにもなりかねない。

 

第4 比較の視点

 

札幌地裁では、「瑕疵」とは、「工作物又は営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これについては、当該工作物又は営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して、具体的かつ個別的に判断すべきである。」と解され、仙台地裁でも、「瑕疵」とは、「通常備えているべき安全性を欠くことをいい」、「瑕疵」の有無は、「当該施設の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合的に勘案し、個別具体的に決せられるべきである。」と解され、この点は全く同じです。

 

しかし、仙台地裁では、プロ野球観戦に内在する諸要素から、「プロ野球施設に設置された安全設備について、その構造、内容や安全対策を含めた設備の用法等に相応の合理性が認められる場合には、その通常の用法の範囲内で観客に対して危険な結果が実現したとしても、それは、球場の設置、管理者にとっては、不可抗力ないしは不可抗力に準ずるものというべきであって、プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を欠くことに起因するものとは認められないというべき」と解し、「瑕疵」の判断基準を緩和させている点に特徴があり、この点が結論を左右した点になります。

 

※札幌ドームでは過去5メートルのフェンスを張っていたものの、それでもファールボールによる危険は防止できないと判示していることから、札幌地裁の基準では、仙台地裁の事案でも、賠償が認められることになると思われます。

 

第5 雑感

 

ファールボールでは、このように大きく判断が分かれる地裁裁判例が登場しましたが、それでは、ホームランボールで怪我をした人が出て来た場合はどうでしょうか。

 

札幌地裁の判断基準に基づけば、ホームランボールで怪我をした観客に対しても、同様に賠償責任が認められる可能性が高いようにも思えますが、仙台地裁でも、ホームランボールに対する安全対策はファールボールと比較すると相応の差異はあると思われ、ファールボールによる怪我の賠償は否定しても、ホームランボールによって観客が怪我をした場合に、絶対に賠償責任が発生しないということまではいえない可能性もあります。

 

ホームランボールの場合に賠償責任が認められるという結論が仮にあるとすると、個人的にはそれはそれで行き過ぎた結論であるようにも思え、その事まで一応カバーできる規範を立てることは本当に難しいところです。

 

どんなスポーツでも、観戦にリスクは付きものとは思いますが、スポーツのジャンル毎に施設管理者の責任の範囲はどのように考えられるべきか(例えば、F1サーキット中にクラッシュした車が客席に飛び込んで観客が怪我をした場合、サッカーの試合中に、シュートがゴール裏の観客に当たり怪我をした場合[実際に、メッシのシュートが観客に当たり骨折をしたというニュースがありました]等)、機会があれば調べてみたいなとは思っています。

以上

(弁護士 武田雄司)

弁護士 武田雄司 のその他の専門知識