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ファウルボール訴訟について(その3)

弁護士 武田雄司

~続きをはじめるにあたり~

 

ファウルボール訴訟における損害賠償義務の発生に関する主な争点は、①工作物の「瑕疵」の有無、②野球観戦契約上の安全配慮義務違の有無でした。

 

ファウルボールで怪我をされた方の損害賠償請求を否定した仙台地裁判決(平成23年2月24日〔平成21年(ワ)716号:裁判所ウェブサイト掲載〕)は、①及び②を共に否定し、野球場は異なるものの、同種の事案で怪我をされた方の損害賠償請求を認めた札幌地裁(平成27年3月26日〔平成24年(ワ)第1570号:裁判所ウェブサイト掲載〕 ※試合の主催者であり、野球場を占有していた球団、指定管理者として野球場を管理していた会社及び野球場の所有者である市の三者に対する責任を認定)では、①を認める(認定する以上②の判断は不要でなされていない。)という結論でした。

 

この札幌地裁の判決に対する控訴審において、平成28年5月20日、札幌高裁の判決がなされました(平成27年(ネ)第157号:裁判所ウェブサイト掲載)ので、今回は、以上の①及び②の争点について、札幌高裁がどのように判断をしたのか見ていきたいと思います。

 

第6 札幌高裁の判断

 

1.札幌高裁の判決

 

・試合を主催し、本件ドームを占有していた株式会社北海道日本ハムファイターズに対する請求は一部認容(4195万6527円から3357万5221円へ減額)

・指定管理者として本件ドームを占有していた株式会社札幌ドーム及びドームを所有していた札幌市に対する請求は棄却

 

結論としては、①工作物の「瑕疵」の有無については「瑕疵」を否定し、ドームの管理者と所有者である札幌市に対する請求については棄却しつつも、② 野球観戦契約上の安全配慮義務違は認め、球団に対する損害賠償請求を認め、札幌地裁の判決とも仙台地裁の判決とも異なる結論が示されました。

 

2.理由要旨

 

2.1 「瑕疵」について

 

瑕疵の判断基準(一般論)

 

当該工作物又は営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、上記各「瑕疵」の有無については、当該工作物又は営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべき。

 

そして、具体的に、プロ野球の球場の「瑕疵」の判断基準は次の基準で判断するとする。

 

「プロ野球の球場の「瑕疵」の有無につき判断するためには、プロ野球の試合を観戦する際の上記危険から観客の安全を確保すべき要請、観客に求められ る注意の内容及び程度、プロ野球観戦にとっての本質的要素の一つである臨場感を確保するという要請、観客がどの程度の範囲の危険を引き受けているか等の諸 要素を総合して検討することが必要であり、プロ野球の球場に設置された物的な安全設備については、それを補完するものとして実施されるべき他の安全対策と 相まって、社会通念上相当な安全性が確保されているか否かを検討すべき」

 

判断要素

 

①本件当時に本件ドームにおいて実施されていた他の安全対策の内容(ファウルボールの危険性に関する観客に対する注意喚起の放送、及び観客席に入りそうなファウルボールが放たれた際に観客に対してそのことを知らせるための警笛を含む。)

 

②本件当時の本件ドーム以外のプロ野球の各球場における内野席前のフェンス及び防球ネットの高さ、並びに公益財団法人日本体育施設協会が作成した 「屋外体育施設の建設指針」(平成24年改訂版)では、硬式野球場における内野フェンスの高さに関し、バックネットの延長上に外野席に向かって高さ3メー トル程度の防球柵を設けるものと定められていたこと(本件ドームは2.9メートル)。

 

通常の観客を前提とした場合に、観客の安全性を確保するための相応の合理性を有しており、社会通念上プロ野球の球場が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。

 

※被害者からは、「本件ドームに多数来場する観客らの中には、野球に関する知識がほとんどない観客、子供の世話をしながら観戦する観客、高齢者、年 少者(幼児)など、上記の危険性を認識していない者や、打球を注視した上で危険性を察知し、適切な回避行動をとることを期待し難い者も多数含まれているか ら、そのような者に対する打球の衝突事故を回避し得るだけの安全設備を設けるべきである」等の反論がなされたものの、これらに対しては、「「瑕疵」の有無 については、通常の観客を前提として判断すべきものであること、多数来場する観客の中には上記危険性をあまり認識していない者や自ら回避措置を講じること を期待し難い者が含まれているとしても、そのような者を前提として、危険がほとんどないような徹底した安全設備を設けることを法律上要求することは、プロ 野球観戦の娯楽としての本質的な要請に反する面があり、相当とはいえない」と判示している。

 

2.2 球場の管理運営における過失について

 

ファウルボールが観客に衝突する事故の発生を防止するための安全対策として、少なくとも高さ5.75メートル以上の防球ネットを設置するなどの十分 な安全設備を設置するべき注意義務を負っていたのに、これを怠った旨主張していたが、他の実施されるべき安全対策の存在を考慮すれば、本件事故について推 測した態様から算出された5.75メートル以上という数値に客観的合理性があるものとは認め難いことを理由に当該管理運営における過失も否定した。

 

2.3 野球観戦契約上の安全配慮義務違反の有無について

 

次の諸要素をから、球団は、野球観戦契約上の安全配慮義務を十分に尽くしていたとは認められないと判示しています。

 

前提となる事情

 

①被害者が、野球に関する知識も関心もほとんどなく、野球観戦の経験も硬式球に触れたこともなく、硬式球の硬さやファウルボールに関する上記危険性もほとんど理解していなかったこと。

 

②そのような被控訴人が本件試合を観戦することになったのは、控訴人ファイターズが、新しい客層を積極的に開拓する営業戦略の下に、保護者の同伴を 前提として本件試合に小学生を招待する企画(本件企画)を実施し、小学生である被控訴人の長男(当時10歳)及び長女(当時7歳)が本件試合の観戦を希望 したため、被控訴人ら家族が本件企画に応じることとし、被控訴人も、長男及び長女の保護者の一人として、幼児(当時4歳)である二男を連れて、本件ドーム に来場したという経緯であったこと。

 

③本件座席は、内野席の最上部や外野席等と比較すると、相対的には上記のファウルボールが衝突する危険性が高い座席であったが、本件企画において選択可能とされていた席であったこと。

 

⇒①~③の事情を前提とすると、本件企画を実施した控訴人ファイターズとしては、本 件企画に応じて本件ドームに来場する保護者らの中には、被控訴人のように、ファウルボールに関する上記危険性をほとんど認識していない者や、小学生やその 兄弟である幼児らを同伴している結果として、ファウルボールが観客席に飛来する可能性が否定できない場面であっても、試合中に多数回にわたってそのような 場面が発生する度に、ボールを注視して自ら回避措置を講じることが事実上困難である者が含まれている可能性が相当程度存在することを予見していたか又は十 分に予見できたものと解される。

 

そして、控訴人ファイターズは、そのような者が含まれていることを暗黙の前提として本件企画を実施する以上、通常の観客との関係では、観客が上記危険性を認識した上で危険を引き受けているものとして、観客が基本的にボールを注視して自ら回避措置を講じることを前提に、相応の安全対策を行えば足りるとしても、少なくとも上記保護者らとの関係では、野 球観戦契約に信義則上付随する安全配慮義務として、本件企画において上記危険性が相対的に低い座席のみを選択し得るようにするか、又は保護者らが本件ドー ムに入場するに際して、上記のような危険があること及び相対的にその危険性が高い席と低い席があること等を具体的に告知して、当該保護者らがその危険を引 き受けるか否か及び引き受ける範囲を選択する機会を実質的に保障するなど、招待した小学生及びその保護者らの安全により一層配慮した安全対策を講じるべき 義務を負っていたものと解するのが相当である。

 

本件においても、控訴人ファイターズは、被控訴人に対し、本件観戦契約に信義則上付随するものとして、上記安全配慮義務を負っていたところ、本件全 証拠によっても、控訴人ファイターズが上記のような招待した被控訴人ら家族の安全により一層配慮した安全対策を講じていたとは認められない。したがって、 控訴人ファイターズは、上記安全配慮義務を十分に尽くしていたとは認められないから、被控訴人に対し、債務不履行(上記安全配慮義務違反)に基づく損害賠 償責任を負うというべきである。

 

第7 ポイント

 

1.「瑕疵」について

 

札幌高裁が「瑕疵」を否定した理由は「通常の観客を前提とした場合に、観客の安全性を確保するための相応の合理性を有しており、社会通念上プロ野球の球場が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない」というものでした。

 

あくまでも「通常の観客」を前提とした判断である点で、同じく「瑕疵」を否定した仙台地裁の判断とはニュアンスが異なるようにも読めるところです。

 

すなわち、札幌高裁が想定する「通常の観客」には、野球を知らず、ファウルボールの危険性を認識できない者や、子供を同伴してくるため絶えずボール を注視できない者は含まれないことを前提に判断するものの、国民的スポーツとして、このような者も日常的に球場には多数存在し、当然「通常の観客」に含ま れると考えれば、結論として「瑕疵」を認めることだってありうるのではないかと思える一方、仙台地裁では、「プ ロ野球観戦に伴う危険から観客の安全を確保すべき要請と観客側にも求められる注意の程度、プロ野球の観戦にとって本質的要素である臨場感を確保するという 要請等の諸要素の調和の見地から」「プロ野球施設に設置された安全設備について、その構造、内容や安全対策を含めた設備の用法等に相応の合理性が認められ る場合」には瑕疵はないと判断しており、観客の性質はその結論に影響がないようにも思われます。

 

結論としては、「瑕疵」を認めない点では同じであるものの、その理由付けのニュアンスの差異からは、改めて難しい問題であることを再認識するところです。

 

2.安全配慮義務違反について

 

札幌高裁が安全配慮義務違反を認めた理由は、今回の被害者が一種の特殊な観客であって、特別な配慮が必要であり、かつ、球団は特別な配慮が必要なことを予見できたと判断する点にあります。

 

通常の観客と特殊な観客に分け、「瑕疵」の判断と安全配慮義務違反の判断を分けることはもちろん一つの理論ではありますが、通常と特殊の評価が曖昧 で、主張を展開する側としては、なかなか大変な問題になりそうです(この点、札幌地裁は、今回の被害者のような方も球場によくいる通常の観客として評価 し、「瑕疵」の判断における通常有すべき安全性の中で判断をしたともいえるでしょう。)。

 

3.小括

 

さて、最後にどのようにまとめるべきか、大変難しくなってきましたが、施設管理者・占有者としては、一連のファウルボール訴訟の教訓として、抽象的ではありますが、少なくとも、以下の3点については絶えず認識をしておく必要があるといえるのではないでしょうか。

 

①通常の利用者が、通常の方法で利用をする場合を想定し、通常有すべき安全性を欠くことはないようハードの面の整備を怠らないこと

 

②ハード面の整備で不足する部分については、注意喚起等を含むソフト面で危険発生の防止に努めること

 

③「通常」の利用者ではないものが、「通常」の方法で利用しない場合を予見することができる場合には、安全管理上、施設の利用を断る又は利用させる場合には、特別な安全配慮措置を意識的に講じること

 

以上

(弁護士 武田雄司)

 

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