スポーツ法務

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種目別事故事例:スキー事故(スキー場の責任について)

弁護士 武田雄司

■ポイント


1.スキー(そりやスノーボードも)は、山の自然の地勢を利用したスポーツであり、滑走面の状況、スキーヤーの滑走技量ないし熟練度、滑走態様、滑走速度、気象条件等に応じてその危険の程度は様々であるとしても、その性質上高度の危険を伴うスポーツであって、スキー滑走に伴う具体的危険に対しては、当該スキーヤー自身の責任において、危険を予見、回避するなどの安全管理を行い、自己の技量に応じた滑走をすることに努めるべきであるという考えを前提とする裁判例が多い。


2.スキー場の責任としては、滑走者が、自己の技量に応じてコースを選択し、スピードや方向をコントロールして滑走する事、すなわち、滑走者が危険回避行動を取ることを前提に、ゲレンデの安全対策や管理を行うことで足りると判断する裁判例が多い。


3.具体的な事情によっては、スキー場の過失を認めつつ、大幅な過失相殺を適用する裁判例も存在し、具体的事情をどのように評価するかという点は非常に難度が高い(東京高裁の結論を覆した最高裁判例は、認定された事実及び規範には特に変更はなく、具体的事実の評価の相違で結論が一部覆っており、事実評価の難しさが表れている。)

 

第1 はじめに

 

前回までは、スキーヤー同士が衝突した事故に関して、各スキーヤーの注意義務について検討をしてきましたが、本稿では、スキー事故が発生した場合のスキー場の責任に関する裁判例を概観していきたいと思います。

 

第2 スキー場の管理責任

 

スキーヤー同士が衝突した事故の裁判例のように、一般的な基準を判示した最高裁判所の判例は見当たりませんが(具体的な規範を特段示さず、事例を分析した上で、東京高等裁判所の判断を覆し、スキーヤーの請求を全部棄却した最高裁判所の判例は存在します〔平成2年11月8日/最高裁判所第一小法廷/判決/昭和60年(オ)617号[判例時報1375号65頁他]〕。)、一般的な規範を示した裁判例は少なからず存在します。

 

以下、そのような裁判例を通じて、スキー場の責任に関する一般的な規範について概観していきたいと思います。

 

■昭和60年1月31日/東京高等裁判所/第16民事部/判決/昭和56年(ネ)1210号/昭和56年(ネ)1438号[判例時報1143号80頁]


※平成2年11月8日の最高裁判例で結論が変更された裁判例

 

「スキー場の供用期間(特にその終期)を定めてこれを公示し、一般に周知させるようにし、供用期間中は利用者の安全を図るため、気象、積雪の状況、ゲレンデにおける危険物の有無等に注意し、危険物を除去し、状況に応じ危険箇所の滑降禁止、スキー場の全面的使用禁止等を行ない、標識、告示板、その他適当な方法により右禁止を利用者に周知させるようにし、供用期間後観光客のためリフトを運行する場合には、見えやすい場所にスキー禁止の標識をするとともに、スキー客はこれに乗せないようにする義務がある」

 

■平成16年11月19日/東京地方裁判所/民事第43部/判決/平成15年(ワ)17959号[判例タイムズ1180号227頁]


「スキー場の管理者には、ゲレンデ内の状況を十分に把握し、スキー、スノーボード、そり等により滑走をする者の危険を防止するために必要な措置をとり、ゲレンデの安全を管理する義務があるが、スキー、スノーボード、そり等は、自然の地形を利用しながら滑走するスポーツ又は遊技であり、滑走すること自体が他者や施設との衝突等の様々な危険を伴うので、ゲレンデを滑走する者には、自らの技量及び用具の性能に応じてコースを選択し、スピードや方向をコントロールした上で滑走し、コントロールを失った場合には、自ら危険回避措置を採り、またこのような措置を採ることが可能な範囲で滑走することが要求されるから、スキー場管理者に要求される安全管理義務の程度としては、滑走者が、自己の技量に応じてコースを選択し、スピードや方向をコントロールして滑走する事を前提に、ゲレンデの安全対策や管理を行うことで足りる」

 

■平成13年2月1日/長野地方裁判所/民事部/判決/平成9年(ワ)75号/平成10年(ワ)206号[判例時報1749号106頁]


※平成16年7月12日/長野地方裁判所/民事部/判決/平成15年(ワ)395号[判例時報1868号118頁]でも踏襲されている。


「スキー場を経営し、あるいはスキー場内のリフトを管理する者(以下「スキー場管理者」という。)は、スキーヤーを滑走に適した滑走斜面の上部に運送し、スキーヤーを右のとおりの危険が内在する滑走面に誘導する以上、スキーヤーが、前記のとおり自身で甘受すべき程度を超えた危険に遭遇することのないよう、現実のスキーヤーの利用状況、積雪状況、滑走面の状況等を考慮のうえ、危険箇所については、滑走禁止措置や進入禁止措置をとるなどしてスキーヤーの安全を確保すべき義務があるというべきであり、スキー場管理者が過失により右義務を尽くさず、スキーヤーが、本来自身において負担すべき程度を超えた危険に遭遇して負傷ないし死亡の結果が生じたような場合は、スキー場管理者には債務不履行あるいは不法行為が成立し、その損害を賠償する責任があるものと解するのが相当である。しかるところ、スキー滑走時に当該スキーヤーが本来的に甘受すべき危険の範囲内か否か(換言すれば、スキー場管理者の過失の存否)は、当該スキー事故の態様、結果、当該スキー事故がスキー滑走時において通常伴う程度のものか否か、スキーヤーについてスキー滑走時に要求される一般的・通則的なルールの遵守の有無、程度、スキー場管理者による当該事故現場の管理状況等の諸事情に応じて、個々具体的に判断するほかない。」

 

※スキーヤーが甘受すべき危険については次のとおり判示している。

 

「スキーにおいて、どのような注意配分をし、滑走コースを選択し、速度を調節するかは、ひとえに当該スキーヤーの自由な判断に委ねられており、その判断に基づきコース状況と自己の技量に応じて斜面を滑走することを本質とするものである以上、スキーヤーは、スキーそのものに内在する危険を承知しているものと見なされ、スキー滑走に伴う具体的危険に対しては、当該スキーヤー自身の責任において、危険を予見、回避するなどの安全管理を行い、自己の技量に応じた滑走をすることに努めるべきである。また、スキー場を滑走するスキーヤーは、本来滑走が予定されている経路(ゲレンデ)を滑走すべきものであって、滑走予定先の雪面が通常の滑走に適さない区域、殊に、スキー場管理者によって滑走を禁止された区域であることを知りながら、敢えて同区域を滑走する場合には、当該スキーヤー自身の責任において、同区域におけるスキー滑走に伴う危険を予見し回避するなどの安全管理義務を負担しているものというべきであって、このような義務を尽くさずに危険に遭遇し、死亡、負傷することになった場合、その結果は原則として当該スキーヤー自身において甘受すべきものと解するのが相当」

 

※工作物責任については、問題となった斜面を、「土地の工作物」(民法717条1項)に該当しない判断することでスキー場の責任を否定している点も特徴的。

 

「一般にスキー場において、樹木を伐採し地盤を造成、整備するなどして加工したゲレンデ部分については土地工作物に該当すると解される。しかして、前認定のとおり、A″斜面は急峻で滑走に適さない斜面であり、被告会社においては、A″斜面部分については借地の対象外とし、営業許可上も滑走コースとしておらず、そのため、本件スキー場開業当時から樹木の伐採や地盤の造成などの整備を全く施さずに自然の状態のまま放置してきたものであり、スキーヤーをA″斜面を含む本件立入禁止区域内に立ち入らせないよう本件立入禁止標識等の進入禁止措置を施していたことなどの事情に照らせば、A″斜面について、被告会社の事実的支配は及んでおらず、人工的作業が加わった斜面とはいえないというべきであるから、A″斜面が被告会社の占有する土地工作物であるとの原告の主張は理由がない。」

 

■平成2年1月31日/富山地方裁判所高岡支部/判決/昭和62年(ワ)93号[判例時報1347号103頁]


スキー場の設置者としては、通常予想される事故を未然に防止すべき義務があり、衝突が予想される場所に工作物を設置しなければならないときには防護用のマットを巻くなど予想される危険を回避する措置を講じなければならず、右措置を怠る時は、利用客に対する安全配慮を欠き、右工作物には瑕疵が存するといえる。

 

しかしながら、スキーやそりは、自然の地形を利用して滑走するスポーツないし遊びであり、滑走すること自体種々の危険を伴うものであるから、ゲレンデを滑走する者としては、右危険を回避するためには自らの技量および用具の性能に応じてコースを選択したうえ、スピードをコントロールして滑走し、コントロールを失った場合には自ら転倒するなどして危険を未然に回避しなければならないのであって、ゲレンデの設置者としては、滑走者が右の危険回避行動をとることを前提として施設等を設置し、安全を配慮すれば足りるものといえる。

 

第3 まとめ

 

以上のとおり、様々な表現がありうるものの、スキー(そりやスノーボードも)は、山の自然の地勢を利用したスポーツであり、滑走面の状況、スキーヤーの滑走技量ないし熟練度、滑走態様、滑走速度、気象条件等に応じてその危険の程度は様々であるとしても、その性質上高度の危険を伴うスポーツであって、スキー滑走に伴う具体的危険に対しては、当該スキーヤー自身の責任において、危険を予見、回避するなどの安全管理を行い、自己の技量に応じた滑走をすることに努めるべきであるから、スキー場の責任としては、滑走者が、自己の技量に応じてコースを選択し、スピードや方向をコントロールして滑走する事、すなわち、滑走者が危険回避行動を取ることを前提に、ゲレンデの安全対策や管理を行うことで足りると判断する裁判例が多いようです。

 

もっとも、具体的事情においては、スキー場の責任を認めつつ、大幅な過失相殺(70%~80%)を適用して解決する裁判例も存在し、これさえしていればスキー場としては責任を問われないという事情を確定させることは容易ではありません。

 

平成2年11月8日/最高裁判所第一小法廷/判決/昭和60年(オ)617号[判例時報1375号65頁他]は、昭和60年1月31日/東京高等裁判所/第16民事部/判決/昭和56年(ネ)1210号/昭和56年(ネ)1438号[判例時報1143号80頁]の結論を最高裁が覆した判例ですが、認定された事実及び規範には特に変更はありませんでした。

 

すなわち、結論の違いは、東京高裁と最高裁の具体的事実の評価の相違に尽きるものであって、このことからも、具体的事実の評価の難しさを実感するところです。

 

以上

(弁護士 武田雄司)

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