種目別事故事例:スキー事故(上方滑走者の注意義務)
■ポイント
1.スキー場で上方から滑降する者が下方を滑降する者よりも速い速度で滑降し、両者が接触する事故が発生した場合においては、事故現場が急斜面ではなく、下方を見通すことができたなどの事実関係の下においては、
①前方を注視し、下方を滑降している者の動静に注意する義務
及び
②(①の義務を尽くして下方を滑降している者を発見した場合には)その者との接触ないし衝突を回避することができるように速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務
がある。
2.スキーの滑走がルールや当該スキー場の規則に違反せず、一般的に認知されているマナーに従ったものであったとしても、接触事故発生時に損害賠償義務を負わない、という結論にはならない。
第1 はじめに
寒さが増し、いくつかのスキー場では既にスキー場開きが行われているようですね。
数あるスポーツの中でも、スキーやスノーボードについては、偶発的な事故が発生しやすく、また、負傷の程度も大きな事故が発生しやすいスポーツの一つです。
以下では、本格的なシーズン到来前に、スキー事故に関する裁判例を通じて、スキーヤーに求められている具体的な注意義務について検討をしていきたいと思います。
第2 上方滑走者の注意義務
1.問題点
スキーの滑走に関して、もちろん道路交通法のような法規範はなく、任意団体である全国スキー安全対策協議会が公表する「スキー場での行動規則」や「スノースポーツ安全基準」、国際スキー連盟による「FISによる10のルール」という抽象的なルールがあるにとどまり、法的に明確な行動準則はありません。
そのような中で、スキーヤーが滑走する際には、法的にどのような具体的な注意義務が課せられるのかが問題となります。
1.平成7年3月10日最高裁判所第2小法廷判決/平成6年(オ)第244号
※最高裁判所裁判集民事174号785頁
この点に関して、その後の下級審にも大きな影響を与えた、次の最高裁判所の判例が出されています。
■判示事項
スキー場で発生した滑降者同士の接触事故につき上方から滑降してきた者に過失があるとされた事例
■判決要旨
スキー場で上方から滑降する者が下方を滑降する者よりも速い速度で滑降し、両者が接触する事故が発生した場合において、事故現場が急斜面ではなく、下方を見通すことができたなど判示の事実関係の下においては、上方から滑降する者に、前方を注視し、下方を滑降している者の動静に注意して、その者との接触ないし衝突を回避することができるように速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務を怠った過失がある。
■事案
・平成3年3月10日午後4時頃、北海道のニセコ国際ひらふスキー場において、スキーで滑降していたXとYが接触し、Xが転倒し負傷する事故が発生。
・本事件当時、Xは26歳の主婦、Yは18歳の大学生であり、いずれもスキーについては相当の経験を有し、技術は上級。
・Xがパラレル(スキー板を平行にそろえて滑降する方法)で大きな弧を描きながら滑降し、一方YはXの上方からXよりも速い速度でウェーデルン(スキー板を平行にそろえて連続して小回りに回転して滑降する方法)とパラレルを織り交ぜて小さな弧を描きながら滑降。
・Xは左に大きく弧を描きながら方向転換をして本件事故現場付近へ滑降し、Yは右に小さく弧を描いて方向転換をし、Xと対向するようにして本件事故現場付近へ滑降していたが、YはXが進路前方右側に現れるまでXに気づかなかったため、衝突を回避することができず、本件事故が発生。
・Xは転倒し、左腓骨折骨、脛骨高原骨折、頭部打撲等の傷害を負い、約3ヶ月の入院治療を要した。
・本件事故現場は急斜面ではなく、当時は雪が降っていたが、下方を見通すことはできた
⇒Xは、Yに過失があったと主張し不法行為による損害賠償として金550万円の支払を請求
2.第1審及び第2審
※第1審札幌地方裁判所判決(平成5年2月23日)(判例時報1526号99頁)
第2審札幌高等裁判所判決(平成5年10月28日判決)(判例タイムズ876号142頁)
■結論
X敗訴
■第2審(原審)の判断
Yが本件事故発生前の時点で下方を滑降しているXを発見し得た可能性は否定できないが、Yが他の滑降者に危険が及ぶことを承知しながら暴走し又は危険な滑降をしていたとは認められないからYには本件事故の発生につき過失はなかったと判断し、Xの請求を棄却
「…スキー場での滑走には相当の危険を伴うものである。したがって、スキー滑走を行う者にはそれぞれにそのような危険を回避する注意義務がある。その一方、スキーは、レクレーションにとどまらず、スポーツとしての側面が大きく、特に高度の技術を駆使する上級者の滑走については、この点が顕著であるから、滑走に際してはそのような危険が常に随伴することを承知の上で滑走しているものと解すべきである。とすれば、スキーの滑走がルールや当該スキー場の規則に違反せず、一般的に認知されているマナーに従ったものであるならば、他の滑走中に傷害を与えるようなことあっても、それは、原則として注意義務の違反と目すべきものではなく、また、行為に違法性がないと解するのが相当である。
3.まとめ
以上のとおり、第1審、第2審と最高裁の判決が完全に別れた事案であり、最高裁は、スキーの滑走がルールや当該スキー場の規則に違反せず、一般的に認知されているマナーに従ったものであったとしても、スキー場で上方から滑降する者が下方を滑降する者よりも速い速度で滑降し、両者が接触する事故が発生した場合において、事故現場が急斜面ではなく、下方を見通すことができたなど判示の事実関係の下においては、上方から滑降する者に、前方を注視し、下方を滑降している者の動静に注意して、その者との接触ないし衝突を回避することができるように速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務を怠った過失があると判断し、損害額を判断させるため、札幌高等裁判所へ事件を差し戻しました。
最高裁が判示したとおり、事故現場が急斜面ではなく、下方を見通すことができたなど判示の事実関係が前提とされていることから、気象条件やコース条件によって結論が変わりうるものの、一般論として、上方から滑降するスキーヤーに対しては、
①前方を注視し、下方を滑降している者の動静に注意する義務
及び
②(①の義務を尽くして下方を滑降している者を発見した場合には)その者との接触ないし衝突を回避することができるように速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務
があるとされたことは重要なポイントです。
※表現上は、①と②の義務は一体の義務のようにも読めますが、①を尽くさず、下方に滑降者がいることすら認識できなければ、②の義務が生じる前提を欠くため、①と②はそれぞれ独立した別の義務と考えられます。
稿を改め、当該最高裁判例を引用しながら具体的な判断をした事例を見ていきたいと思います。
以上
(弁護士 武田雄司)