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種目別事故事例:スキー事故(下方滑走者の注意義務)

弁護士 武田雄司

■ポイント


1.下方滑走者については「コースが混雑し、見通しが悪いなどの特段の事情のない限り、後方を注意する義務は原則としてない」と判示し、そもそも下方滑走者について過失相殺すら否定した裁判例(平成11年2月26日/神戸地方裁判所判決/平成9年(ワ)1845号)がある。


2.損害負担の公平を図るうえから、下方滑走者の過失も考慮すべきであるものの、一般的には上方から滑降してくる者に接触や衝突回避のための第一次的な注意義務があると解されること等諸般の事情を考慮の上、下方滑走者の過失割合を20パーセント、上方滑走者の過失割合を80パーセントと認めた裁判例(平成9年7月24日/千葉地方裁判所/民事第2部判決/平成7年(ワ)1702号)がある。

 

第1 はじめに

 

これまでは、上方から滑降する者の注意義務について判断をした最高裁判例及び下級審裁判例をいくつか取り上げて検討してきましたが、ここでは下方を滑降する者の注意義務について検討をしてみたいと思います。

 

スキー事故(上方滑走者の注意義務②)」でも取り上げた2つの裁判例では、それぞれ下方を滑降する者の過失についても判示されており、参考になります。

 

第2 下方滑走者の注意義務

 

1.平成9年7月24日/千葉地方裁判所/民事第2部判決/平成7年(ワ)1702

※判例時報1639号86

 

■判示事項

スキーツアー参加者間のスキー場における接触事故につき、上方から滑走してきて転回しようとした者の過失を認めて損害賠償責任が肯定された事例

 

事案

・原告はスキー歴15年、被告は20年余で、いずれも中級の技量を有するスキーヤー

・本件事故はハウィスラースキー場のブロッコムマウンテンを頂上とする、初級から中級者向けの比較的緩斜面のゲレンデで発生

・原告や被告を含むツアー参加者はガイドから昼食のため下方のレストハウスに向かうように指示されて、右ゲレンデを滑り始めた

・原告は斜滑降で最初は右側に向けて滑って行き、途中で向きを変えるべく一旦停止した

・そこには原告だけでなく、被告や他のツアー参加者ら5、6人が集るようにして一旦停止したが、原告は被告よりも先に今度は左側に向かって滑り始め、 さらに転回して右側に向きを変えたときに、左方から原告の前を横切るように滑ってきた被告のスキー板の後部に、原告の右足のスキー板の前部が接触して、そのあおりで原告は左側に尻もちをつくような形で転倒した

・一方、被告は先に滑り始めた原告を右斜め前方に見ながら原告の上方を同様に左方向に滑って行き、原告を追い越した後、転回して右方向に滑り始めた直後に、そのスキー板の後部が原告のスキー板に接触してしまった

・原告及び被告とも、転回するにあたって互に相手を確認しておらず、接触によってはじめて気づいた。

 

■判決要旨

 

被告は上方で原告を追い越した後、転回して方向を変えようとしたのであるが、原告の滑る位置や方向によっては、これにより下方にいる原告の進路を横切る形になるのであるから、原告の動静に注意して、原告との接触や衝突のおそれのないことを確認して転回すべき注意義務があるものと解され、被告にはこれを怠った過失があるというべきである。

 

しかしながら、原告にも、転回してその滑降の方向を変えるにあたっては、周囲を滑降している人の動静に注意して、安全を確かめてから転回を開始すべき注意義務があるのに、これを怠った過失のあることが認められるのであって、損害負担の公平を図るうえからは、この原告の過失も考慮すべきであり、原告、被告双方の過失の内容、ことに一般的には上方から滑降してくる者に接触や衝突回避のための第一次的な注意義務があると解されることなど諸般の事情を勘案すると、両者の過失割合は原告が20パーセント、被告か80パーセントと認めるのが相当である。

 

2.平成11年2月26日/神戸地方裁判所判決/平成9年(ワ)1845

※判例時報1696126

 

■判示事項

 

スキー場における滑降者同士の衝突につき上方から滑降してきた者に一方的な過失によるものとして損害賠償請求が認容された事例

 

■事案

・原告は、本件事故当時32才の女性

・スキー場を訪れた回数は本件事故当時3回しかなく(通算日数7日間)、緩斜面においてプルークボーゲンができる程度のスキー初心者

・原告と同行していた夫は、25年のスキー歴を有する上級者

・被告は、本件事故当時、25才の男性であり、5~6年前から一シーズンに30回くらいスノーボードをしてきたものであり、アマチュアのスノーボード大会の出場経験も数回あるスノーボードの上級者

・被告は、本件スキー場においても合計20回ほどスノーボードをしており、本件ゲレンデ付近の地形についても熟知していた。

・本件ゲレンデは、平均10度から15度程度の斜度をもった緩斜面

・幅も約30メートルと広く、見通しもよい初級者用のコース

・本件事故当時は、小雪混じりの曇天であったが、視界は良好であり、本件ゲレンデ付近には、数名の者がいたが、原告が滑走していた付近には他の滑走者はいなかった。

・原告と夫は、午前10時ころ、本件スキー場においてスキーを始め、午前10時30分ころ、リフト(第七トリプルリフト)から降車し、連結通路を通り、本件ゲレンデの入口(上部)に来た。

・夫は、本件ゲレンデの上下方向を確認し、滑走者がいないことを確かめた上、自らは連結通路の出口付近で見守り、原告を滑走させた。

・原告は、本件ゲレンデを、プルークボーゲンでゆっくり谷側に向かって滑走を始めた。

・被告は、同日、早朝から本件スキー場においてスノーボードをしていたが、午前10時30分前ころ、第五ペアリフトを降車した地点から、友人5名と共に中 級者用のゲレンデであるパラダイスフィールドを滑走し、滑走中に他の4名を100~150メートル引き離し、本件ゲレンデ上方の急傾斜地点に差しかかった。

・被告は、右急傾斜地点で加速したまま本件ゲレンデを滑降し、原告から約15メートル離れた地点で、進行方向に原告がプルークボーゲンでゆっくり右方向 に滑走していることに気づいた。

・その時、原告は、プルークボーゲンで左と右に約3回ずつターンし約10メートル進んだところであり、その後、ゆっくりと左へターンし始めた。

・被告は、原告が右方に進行を続けるものと考え、自らの進行方向をやや左寄りにして、速度はほとんど緩めず、原告の動きを見ないまま、滑走を続け、次に原告に気づいたのは約7メートル離れた地点であった。

・被告は、原告が左方に進行しているのを見て驚き、進路を変更しようとしたが、高速で滑走していたため、進路を変更することができなかった。

・原告は、被告が上方から滑走してくるのに気づかなかったが、原・被告間の距離が約3メートルになった時点で、初めて被告が直進してくるのに気づいた。

・原・被告は、衝突回避行動を取りえず、被告は、斜め後方から原告に衝突した。

 

■判決要旨

 

被告は、中者用のゲレンデをかなりの速度で滑降してきて、本件ゲレンデ上部の急斜面でさらに加速し、そのまま特に減速せずに初級者用ゲレンデである本件ゲレンデ内に突入したのである。そして、下方約15メートルの地点で、プルークボーゲンでゆっくり右方に滑走している原告を認めたのであるから、原告の動きを注視しつつ、減速し或いは安全な方向に進路を変えるなど、原告への衝突を避ける措置を とるべきであった。しかるに、被告は、僅かに進行方向を左に変えただけで、減速せず、原告の動きを注視せずに滑走を続けたため、約七メートルの地点で、方 向を変えて左方に進行している原告を再び認めた時には、自らの進行方向を変更することができず、そのまま原告に衝突したのである。そして、前記ゲレンデの 状況によれば、非行が右衝突回避措置をとることに支障があったような事情を認めることはできない。したがって、右衝突回避措置をとらなかった被告には過失があるといわざるをえない。

 

なお、スキー場においては、上方から滑走する者に、前方を注視し、下方を滑走する者の動静に注意して、その者と の接触・衝突を避けるべく速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務があるというべきである。これに対し、下方を滑走する者は、コースが混雑し、見通しが悪いなどの特段の事情のない限り、後方を注意する義務は原則としてないというべきである。

 

よって、過失相殺の抗弁には理由がない。

 

第3 まとめ

 

以上のとおり、平成7年3月10日の最高裁判例を引用し、一般論として、上方から滑走する者は、前方を注視し、下方を滑降している者の動静に注意して、その者との接触ないし衝突を回避することができるように速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務を認め、その反面、下方滑走者については「コースが混雑し、見通しが悪いなどの特段の事情のない限り、後方を注意する義務は原則としてない」と判示し、そもそも過失相殺すら認めなかった裁判例や、損害負担の公平を図るうえから、下方滑走者の過失も考慮すべきであるものの、一般的には上方から滑降してくる者に接触や衝突回避のための第一次的な注意義務があると解されること等諸般の事情を考慮の上、下方滑走者の過失割合を20パーセント、上方滑走者の過失割合を80パーセントと認めた裁判例があります。

 

以上

(弁護士 武田雄司)

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