種目別事故事例:スキー事故(引率者・指導者の責任について)
■ポイント
1.スキー教室の主催者(=引率者・指導者)には、参加者同士はもちろん、近くを滑降する他のスキーヤー等と衝突する危険及びコースを外れて滑走して転落する危険等の危険を防止するため、会場の下見、参加者に対する事前の指示・注意、スキー中の監視体制の整備等について(高度の)注意義務が課せられている。
2.主催者(=引率者・指導者)の過失は、第三者が加害者となる場合、事情によっては被害者側の過失として評価されることもありうる。
3.被害者として、被害者固有の過失分を除き、完全に損害を回復するためには、加害者となった第三者の他に、主催者(=引率者・指導者)に対しても請求をする必要がある場合も存在しうる。
第1 はじめに
前回までは、スキーヤー同士が衝突した事故に関して、各スキーヤーの注意義務や、スキー事故が発生した場合のスキー場の責任について検討をしてきましたが、本稿では、スキー教室・スキー行事の引率者・指導者の責任に関する裁判例を概観していきたいと思います。
第2 引率者・指導者の責任
■平成12年7月4日/東京地方裁判所/民事第23部/判決/平成11年(ワ)5542号(判例タイムズ1056号218頁)
この裁判例は、スキー教室に参加した児童ら(小学5年生[11歳]、小学3年生[9歳])がそり遊び中に崖下に転落し、ひとりが死亡し、他の者が傷害を負った事故で、スキー教室の実施、児童らのそり遊びの実施、事故発生状況、ゲレンデの状況より、主催者の従業員らには、児童らがそりで滑走する範囲を傾斜の緩い場所に限定するよう指示をし、参加児童らがゲレンデの上方に行かないよう、監視する人員を配置する等の措置を講じ、もってそりの滑走による不測の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったにも関わらず、これら注意義務を怠り、危険のあるゲレンデにおいて漫然と参加児童らにそり遊びを行わせた過失があるとされ、引率者の所属する幼児や子供に対する体育指導、スキー教室などを開催すること等を業とする有限会社に賠償を命じた裁判例です。
以上のように、特に児童を対象とするスキー教室においては、不慣れな技術と未熟さから、児童がコースを外れて滑走して転落したり、滑走する児童同士が衝突する危険性が高いため、主催者としては、このような危険を防止するため、会場の下見、児童に対する事前の指示・注意、スキー中の監視体制の整備等について高度の注意義務が課せられていると考えられています(判例タイムズ1056号218頁)(引率者・指導者は、「主催者」の義務を具体的に実行する者という位置づけになります。)。
しかし、一般的には、スキー教室の参加者は、スキーに対して不慣れであり技術的に未熟であって、参加者同士はもちろん、近くを滑降する他のスキーヤー等と衝突する危険性は高く、コースを外れて滑走して転落する危険性も小さくありません。
そのため、児童を対象とする場合の結論とその程度に差異はありうる可能性はあるものの、一般論としても、主催者(=引率者・指導者)としては、このような危険を防止するため、会場の下見、参加者に対する事前の指示・注意、スキー中の監視体制の整備等について(高度の)注意義務が課せられているといえます。
■平成13年7月27日/名古屋地方裁判所/民事第4部/判決/平成11年(ワ)1281号(判例タイムズ1123号174頁)
この裁判例は、スノーボードスクールの参加者が、一般のゲレンデで練習していたところ、上方よりスノーボードでジャンプした者に激突され受傷した事故について、被害者にも、安全配慮義務違反の過失があったばかりでなく、スノーボードスクールを主催する会社にも、スクール生の安全確保について過失があり、その過失は加害者との関係では、被害者側の過失と評価されるとして、被害者の過失割合は35パーセントと認めるのが相当であるとされた裁判例です。
この裁判例は、被害者であるスノーボードスクール参加者が、スクールを被告にはしていないため、スクールの過失を認定し、被害者であるスノーボードスクール参加者のスクールに対する損害賠償請求を認めた事例ではありませんが、スクールの過失については次の通り判示しており、指導者の注意義務を検討するに際し参考となります。
具体的には、「スノーボードスクールを営利目的で主催していた訴外会社は、・・・コーチ一人に原告ら受講生八名を指導させていたが、原告が、本件段差を続いてジャンプしてくるスノーボーダーから衝突されるのを防止するため、着地後、出来るだけ速く着地地点から離れるようコーチに指示させたり、コーチに補助者を付けたり、講習している位置を他のスノーボーダーに明示したりなど、衝突防止のために特段の措置をとっていた事実は認められない。そうすると、本件事故発生については、・・・スキー場で継続的にスノーボードスクールを主催して、原告を指導していた、専門業者である訴外会社にも、スクール生の安全確保について、練習場所の選定、練習場所やスクール生の表示方法、及びスクール生の待機場所の選定等に関して過失があったと認められる。」と判示されており、指導者には、「会場の下見、参加者に対する事前の指示・注意、スキー中の監視体制の整備等について(高度の)注意義務が課せられている」ことを当然の前提として判示されているものと思われます。
なお、この裁判例の特徴は、加害者との関係では、スクール(=指導者)の過失を被害者側の過失として評価し、過失相殺を認めた点にあり、被害者としては、スクール(=指導者)の過失分として過失相殺を受けた部分については、スクール(=指導者)を被告として改めて損害賠償請求をしなければ、損害の回収をすることができないことになります。
第3 まとめ
以上のとおり、スキー教室の参加者は、スキーに対して不慣れであり技術的に未熟であって、参加者同士はもちろん、近くを滑降する他のスキーヤー等と衝突する危険性は高く、コースを外れて滑走して転落する危険性も小さくないため、主催者(=引率者・指導者)としては、このような危険を防止するため、会場の下見、参加者に対する事前の指示・注意、スキー中の監視体制の整備等について(高度の)注意義務が課せられているといえます。
また、これら主催者(=引率者・指導者)の過失は、第三者が加害者となる場合、事情によっては被害者側の過失として評価されることもあり、被害者として、被害者固有の過失分を除き、完全に損害を回復するためには、加害者となった第三者の他に、主催者(=引率者・指導者)に対しても請求をする必要がある場合も存在するという点は注意が必要です。
以上
(弁護士 武田雄司)