会社役員の休業損害

サラリーマンなどの給与所得者が交通事故に遭い,仕事ができなくなった場合,交通事故に遭ったことにより得られなくなった給与に相当する休業損害の賠償を求めることができますが,会社役員の場合,以下で述べる通り,通常の給与所得者と異なる考慮が必要となります。

 

1 役員から加害者に対する請求

 

会社役員の場合,交通事故によって,働くことができなくなったとしても,役員報酬が減額されることなく,満額支給される場合があります。というのも,税法上,会社において役員報酬を経費として計上するためには,役員報酬を定期同額払い,つまり,一定期間ごとに,同額の報酬を支払う必要があるため,期の途中で役員報酬を減額した場合,経費として認められない可能性があるからです。

 

そして,このように役員が休業しているにもかかわらず,役員報酬が満額支払われている場合には,当然,役員には休業損害が発生していませんので,役員から加害者に対して休業損害の賠償を請求することはできません。

 

他方,休業により現実の収入減が生じた場合には,通常の給与所得者と同様,役員から加害者に対する休業損害の賠償が認められることとなりますが,この場合,役員報酬のうち,労務提供の対価に相当する部分に限って,休業損害の賠償が認められることになります。つまり,役員報酬については,労務提供の対価に相当する部分と,実質的に利益配当に相当する部分の2つの性質の報酬が含まれていると考えられており,裁判例上,この労務提供の対価部分のみが休業損害の対象とされています。そして,この労務提供の対価部分の報酬については,当該役員の職務内容,年齢,会社の収入,従業員・役員に対する給料の額,他の同業類似規模の役員報酬等の事情を考慮して,決定されます。

 

なお,役員から加害者に対して,休業損害の賠償を請求するにあたっては,上述の通り,役員に現実の収入減が生じたことを証明する必要がありますので,取締役会議事録等の証拠を残しておくことが重要になると思われます。

 

2 会社から加害者に対する請求

 

上述の通り,交通事故にもかかわらず,役員に対して役員報酬が満額支払われている場合,役員には休業損害は発生しませんが,会社としては,交通事故により,役員から労務提供を受けることができていないにもかかわらず,役員に対して役員報酬を満額支払うことを余儀なくされたという意味で,損害を被っているということができます(「間接損害」,特に「反射損害」と言います。)。

そこで,このような場合,会社は,加害者に対して,役員報酬のうち,労務提供の対価に相当する部分について,休業損害の賠償を請求することができます(東京地判昭和61年5月27日判タ621号162頁等)。

 

なお,会社から加害者に対して上記の間接損害の賠償を請求する場合,役員個人から加害者に対する損害賠償請求とは全く別の請求となりますので,役員個人とは別個に訴訟提起などの請求をしていく必要があることはもちろん,役員個人の損害賠償請求権とは独立して消滅時効が進行することに注意が必要です。

 

(弁護士 野田 俊之)