物損と慰謝料請求

ポイント


1.物損の場合には慰謝料請求は原則認められない。


2.例外的に、財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値をも認めていたような特別の事情が存在する場合には、物損であっても慰謝料請求が認められ得る。


3.慰謝料が認められるケースを大きく分けると、①被害物件が被害者にとって特別の主観的・精神的価値を有し、単に財産的損害の賠償を認めただけでは償い得ないほど甚大な精神的苦痛を被った場合、②加害行為が著しく反社会的、または害意を伴うなどのため、財産に対する金銭賠償だけでは被害者の著しい苦痛が慰謝されないような場合に分かれる。


※建物を損壊された事例は、生活利益等の別個の法的利益が侵害されたものと整理するべきであり、具体的には「家屋の損傷と慰謝料請求の可否」を参照。


4.①の事例としては、ペット、お墓、芸術作品では認定された事例が見当たるが、車両が被害対象である場合は、特別限定車のような車両であっても認定されていない。


5.②の事例としては、飲酒運転により事故を起こし、逃走した場合に慰謝料請求を認めた事例がある。


1.はじめに


前回は、「家屋の損傷と慰謝料請求の可否」として、車両が事故現場付近の家屋に突っ込み家屋を損傷させた場合において、被害者が慰謝料請求をすることができるか、という問題について検討をいたしましたが、一般論としては、「物損の場合には慰謝料請求は原則認められない。」と記載しました。本稿では、この原則的結論についてもう少し深く具体的に検討をしたいと思います。

 

2.物損と慰謝料

 

2.1 根拠条文

 

慰謝料請求を行なう根拠条文は民法710条です。

 

「民法」(財産以外の損害の賠償)

第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

 

このように、条文上は、財産権を侵害した場合、すなわち物損の場合にも、精神的苦痛に対する慰謝料請求を認めることができることが明記されており、決して排除されているわけではありません。

 

2.2 最高裁判例

 

しかしながら、人損の場合と同様の基準で慰謝料が認められていることはなく、通常財産上の損害が賠償されれば、基本的には同時に精神的苦痛も慰謝されたとみられることが通常であり、認められる場合も相当限定されています。

 

この点について、交通事故のケースではなく、結論としても否定された事案ですが、次のとおり判示する最高裁判例があり、相当場面が限定されていることがお分かりいただけるのではないでしょうか。

 

■昭和42年4月27日/最高裁判所第一小法廷/判決/昭和41年(オ)970号:最高裁判所裁判集民事87号305


「上告人主張の訴訟は商取引に関する契約上の金員の支払を求めるもので、その訴訟で敗訴したため上告人のこうむる損害は、一般には財産上の損害だけであり、そのほかになお慰藉を要する精神上の損害もあわせて生じたといい得るためには、被害者(上告人)が侵害された利益に対し、財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値をも認めていたような特別の事情が存在しなければならない

 

※交通事故の裁判例において、同趣旨の内容が表現されている裁判例の一例としては以下の裁判例がある。

 

平成1年3月24日/東京地方裁判所/判決/昭和63年(ワ)9809号:交通事故民事裁判例集22巻2号420


「不法行為によって財産的権利を侵害された場合であっても、財産以外に別途に賠償に値する精神上の損害を被害者が受けたときには、加害者は被害者に対し慰藉料支払の義務を負うものと解すべきであるが、通常は、被害者が財産的損害の填補を受けることによって、財産権侵害に伴う精神的損害も同時に填補されるものといえるのであって、財産的権利を侵害された場合に慰藉料を請求しうるには、目的物が被害者にとって特別の愛着をいだかせるようなものである場合や、加害行為が害意を伴うなど相手方に精神的打撃を与えるような仕方でなされた場合など、被害者の愛情利益や精神的平穏を強く害するような特段の事情が存することが必要であるというべきである。」(具体的な結論としては、特段立証もなく請求自体失当と判示されています。)

 

3.特別の事情

 

3.1 特別の事情の具体的内容

 

物損においても慰謝料が認められる特別の事情については、大きく次の2つに分けることができると考えられています。

 

① 被害物件が被害者にとって特別の主観的・精神的価値を有し、単に財産的損害の賠償を認めただけでは償い得ないほど甚大な精神的苦痛を被った場合

 

② 加害行為が著しく反社会的、または害意を伴うなどのため、財産に対する金銭賠償だけでは被害者の著しい苦痛が慰謝されないような場合

 

3.2 裁判例


① 被害物件が被害者にとって特別の主観的・精神的価値を有し、単に財産的損害の賠償を認めただけでは償い得ないほど甚大な精神的苦痛を被った場合

 

理論的には、「車両」が損害被った場合でも認める余地がありうるところではありますが、相当な高級車でかつ限定生産車が被害車両であるケースでも結論としては否定されており、現実的に認められている事例は、可愛がっていたペット、先祖代々引き継がれてきた墓石、代替性のない芸術作品等が被害にあったものに限られています。

 

もっとも、認められている事例も、金額としては数万円~数十万円であり、決して高額の慰謝料が認められているわけではない。

 

■昭和40年11月26日/東京地方裁判所/民事第27部/判決/昭和40年(ワ)1788号:判例時報427号17


「前記畜犬は原告が鍾愛していた名犬で、その時価は200,0000円を下らない。またその死亡による原告の悲しみはその後の被告側の非情な態度によって倍加され、これを金銭に評価した慰藉料額は50,000円を下らないものである。」

 

■平成12年10月12日/大阪地方裁判所/判決/平成11年(ワ)第12268号、平成12年(ワ)第1207保険金代位請求事件(第1事件)、損害賠償請求事件(第2事件):自保ジャーナル1406号4


「物損事故における損害については、修理費用等の財産的損害が填補されることによって損害の回復が果たされるのが通常であるから、原則として、物を損壊され たことにより被った精神的苦痛に対する慰謝料請求は認められないというべきであるが、通常人においても財産的損害が填補されることのみによっては回復されない程度の精神的苦痛を生じるものと認められる場合には、財産的損害以外に精神的苦痛に対する慰謝料請求も認めることができるというべきである。本件にお いては、本件墓石等の上に本件レンタカーが乗り上げ、墓石が倒壊した結果、埋設されていた骨壺が露出される状態になったことが認められるところ、一般に、 墓地、墓石等は、先祖や故人が眠る場所として、通常その所有者にとって、強い敬愛追慕の念を抱く対象となるものということができるから、侵害された物及び場所のそのような特殊性に鑑みれば、これを侵害されたことにより被った精神的苦痛に対する慰謝料も損害賠償の対象になるものと解するのが相当である。上記慰謝料の額としては、10万円をもって相当な額と認める。」

 

■平成15年7月28日/東京地方裁判所/判決/平成12年(ワ)第27114号:交通事故民事裁判例集36巻4号969


「本件作品の芸術的価値は、相当程度高く評価されている上、原告にとって、本件作品は、大学院卒業後初めて公の美術館に展示され、プロの作家として認められ た記念碑的作品であるともいうべきものであって、原告が、1年という制作期間を費やし、陶板の制作のために長い工程を経て、時には作業が徹夜に及ぶなど多 大な労力をかけて制作した思い入れのある作品であるにもかかわらず、被告の一方的過失によって惹起された本件事故により、陶板の多数枚が破損し、その破損 状況や程度からして、もはやそれらを復元することができず、二度と同じ作品を制作できなくなったことが認められ、本件事故によって原告が受けた精神的打撃 の大きさは容易に推認することができる。

 

以上のとおり、本件においては、被害物件が代替性のない芸術作品の構成部分であり、被害者が自らそれを制作した芸術家であることのほか、本件作品自 体の芸術的評価、制作に至る経過、完成までの工程に鑑みると、客観的にも本件被害物件の主観的精神的価値を認めることができるので、原告が被った精神的苦 痛に対する慰謝料は、本件事故による損害賠償の対象となると言うべきである。そして、上記事実関係に加え、上記2の認定、説示のとおり、本件被害物件の具 体的な財産的価値が算定できない事情を考慮すると、その金額としては100万円と認めるのが相当である。」

 

以上の例と比較し、特別限定車であっても、車両が被害物件である場合では、慰謝料請求が認められておらず、車両が被害物件である場合に慰謝料請求が認められるケースは極めて限定されていると言えそうです。

 

平成15年8月4日/東京地方裁判所/判決/平成14年(ワ)9377号等:交通事故民事裁判例集36巻4号1028


「原告は、アウディ九〇―二・三Eの中でも特別限定車とされる被害車両に強い愛着を持ち、相当の費用を掛けて保守・整備を行っていたこと、本件において、加害者本人から原告に謝罪がされたことはないこと等の事実が認められるが、このような事情が存在するだけでは、財産的権利の侵害を理由に慰謝料を請求することはできないと解すべきである(本件の交渉過程について、被告ら側に特段責められるべき点のないことは、後記のとおりである。)。」

 

② 加害行為が著しく反社会的、または害意を伴うなどのため、財産に対する金銭賠償だけでは被害者の著しい苦痛が慰謝されないような場合

 

■平成15年2月28日/京都地方裁判所/判決/平成14年(ワ)第765号損害賠償請求事件:自保ジャーナル1499号2


「被告は、飲酒運転をして本件事故を発生させた後、そのまま事故現場から逃走したこと、そのため、原告が事故現場付近を探索したところ、数百メートル離れた駐車場に損傷した被告運転の車両を発見し、本件事故の加害者が被告であることを突き止めたことが認められるところ、以上のような本件事故発生前後の被告の態度の悪質性及びこれにより原告が一定程度の心痛を受けたであろうと推認されることに鑑み、慰謝料として10万円を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。」

 

以上

(弁護士 武田雄司)