【交通事故法務の基礎知識③】損害の算定 その2
前回の知恵袋に引き続き,損害額の算定方法について,消極的損害を中心に解説させていただきます。
(1)休業損害
休業損害とは,交通事故により受けた傷害の治療のために休業し,その間収入を得ることができなかったことによる損害を言います。
その額は,
「1日の基礎収入×休業日数」
によって算定されます。
もっとも,受傷後治癒までの間に症状が漸次軽快していくことから,場合によっては,時間経過とともに,収入日額を一定割合に減じて算出することもあります。
ここで言う「1日の基礎収入」は,被害者の地位に応じて,以下の通り,認定されます。
①給与所得者
休業期間と基礎収入は,勤務先発行の休業損害証明書(事故直前3ヶ月の給与額が記載されます)や源泉徴収票等により認定されます。
また,休業期間中,昇給・昇格があった場合,それ以降,昇給・昇格後の収入を基礎として算定されます(仮に,事故による休業に伴い,賞与の減額・不支給,昇給・昇格遅延が生じた場合,賞与の減額等を立証することにより,賞与の減額等による損害も認められます。)。
よって,「1日の基礎収入」は,上記の休業損害証明書等により認定された,ある期間(例えば,事故前3ヶ月)の給与総額を期間の総日数で除して算定されます。
なお,給与所得者が,欠勤扱いを避けるために,休業期間中に有給休暇を取得した場合,現実の収入減がなくても,損害として認められます。
また,会社役員の報酬については,取締役報酬額がそのまま基礎収入となるのではなく,取締役報酬のうちの労働に対する対価である労務対価分のみを基礎収入として算定されます。
取締役報酬の中には,労働の対価だけでなく,経営者として受領する利益の配当と言える部分が含まれており,この部分は休業により失われるものではないため,このように考えられています。
②事業所得者
事業所得者とは,商工業,農林水産業,サービズ業などに従事する者で,個人名で事業を営んでいる者を言います。
事業所得者の基礎収入額は,通常,事故前年度の確定申告所得額によって算定されますが,年度間で業績に変動がある場合,数年分の所得を平均するなどして算定されることもあります。
経費については,事業の維持・継続のために支出を余儀なくされる固定経費(家賃,従業員給料等)は,相当な範囲で休業損害として認められます。
③家事従事者
家事従事者とは,性別・年齢を問わず,現に家族のために家事労働に従事する者を言います。
家事労働を家族外の者に頼めば一定の報酬の支払をしなければならないという点で,家事従事者は,報酬相当の利益を家族のために確保しているということができるため,現実的収入がなくても,家事に従事することができなかった期間について,休業損害を請求することができると考えられています。
そして,家事従事者の基礎収入については,家事従事者が男性の場合でも,賃金センサスの女子労働者の全年齢平均賃金により算定されます(高齢者の場合,年齢別平均賃金が採用されることもあります)。
家事従事者がパートタイム労働等により収入を得ている場合,現実の収入額と上記の賃金センサスの女子労働者平均賃金のいずれか高い方を基礎収入として算定されます。
※賃金センサスとは,厚生労働省が毎年行っている労働者の賃金に関する統計資料のことで,家事従事者や学生等現実の収入がない場合の基礎収入を算定する際に用いられます。
④生徒・学生等
生徒・学生は,就労する前の地位であるため,金銭収入を得ていない場合,休業損害を請求することはできません。
ただし,アルバイト等により,収入を得ていた場合,現実のアルバイト収入を基礎収入として算定した休業損害が認められます。
⑤無職者
無職者は,収入を得ていないため,基本的には,休業損害を請求することはできません。
ただし,就職が内定している場合や,治療期間が長期にわたる場合など,休業損害が認められるケースもあります。
(2)後遺症による逸失利益・死亡による逸失利益
後遺症による逸失利益は,
「基礎収入×労働能力喪失率×喪失期間に対応するライプニッツ係数」
により算定されます。
また,死亡による逸失利益は,
「基礎収入×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数」
により算定されます。
具体的な逸失利益の金額については,以下の方法によって,算定されています。
ア 基礎収入の認定方法
基礎収入については,休業損害と同様,被害者の地位に応じて,以下の通り,認定されます。
①給与所得者
原則として,事故前の給与額を基礎として算定されます。給与額には,各種手当や賞与も含まれます。
但し,現実の収入額が賃金センサスの平均額を下回っている場合,被害者が比較的若年であるなど将来賃金センサスの平均賃金程度の収入を得られる蓋然性があれば,平均賃金が基礎収入として認定されることもあります。
なお,会社役員については,上述の休業損害と同じく,取締役報酬のうち労務対価部分の金額が基礎収入とされます。
②事業所得者
上述の休業損害と同じく,事業所得者の基礎収入は,通常,事故前年の確定申告所得額によって算定されます。
③家事従事者
上述の休業損害と同じく,家事従事者の基礎収入は,賃金センサスの女子労働者の全年齢平均賃金によって算定されますが,有職の場合,現実の収入額と平均賃金のいずれか高い方により算定されます。
④年少者・学生等
年少者・学生等については,基礎収入は,男子の場合,賃金センサスの男子労働者の全年齢平均賃金を基準に,女子の場合,賃金センサスの全労働者の全年齢平均賃金額を基準に算定される傾向にあります(女子について女子労働者の平均賃金を基準にすると,男女間で格差が生じることから,近時は,このように算定される傾向にあります)。
但し,大学生であったり,大学への進学が確実視される者については,賃金センサスの大卒の平均賃金を基準として算定されることもあります。
⑤無職者
無職者についても,事故後一切収入が得られないとするのは不合理であることから,休業損害と異なり,逸失利益の損害賠償が肯定されています。
そして,無職者の基礎収入については,失職前の収入実績,年齢,経歴,賃金センサスの平均賃金額などを参考に,適切な金額が算定されます。
イ 労働能力喪失率・喪失期間(後遺障害の場合)
後遺障害とは,症状固定日(これ以上治療を継続しても症状の改善が望めない時のことを言います。)に残存している症状のことを言いますが,後遺障害は,後遺障害別等級表に当てはめることによって,等級認定が行われます(例えば,事故により小指を失った場合第12級の後遺障害と認定されるというように,障害の程度によって,第1級から第14級までの等級認定が行われます)。
そして,労働能力喪失率は,認定された等級に対応する労働能力喪失率を参考とし,被害者の職業,年齢,性別,後遺症の部位,程度,事故前後の稼働状況等を総合的に判断して,適切な割合が認定されます(後遺障害別等級表や労働能力喪失率表等の資料については,赤本等の文献をご参照下さい)。
喪失期間については,
・始期は,症状固定日(なお,未就労者については,原則18歳とされますが,大学卒業を前提する場合には,大学卒業時とされます)
・終期は,原則として,就労可能年限とされている67歳まで(但し,職種,地位,健康状態,能力等により,異なる判断がされることもあります)
とされます。
ウ 生活費控除率(死亡の場合)
被害者が死亡した場合,本人が生きていたとすれば,生活費が掛かっていたはずであるため,基礎収入から以下の割合で生活費が控除されます。
・一家の支柱の死亡の場合
被扶養者が1人の場合 40%
被扶養者が2人以上の場合 30%
・女子の場合(主婦,独身,幼児等を含む) 30%
・男子の場合(独身,幼児等を含む) 50%
エ 就労可能年数(死亡の場合)
就労可能年数については,原則として67歳までとされていますが,67歳を超える者や67歳に近い者の場合,平均余命の2分の1が就労可能年数とされています。
また,未就労者の就労可能年数については,原則として18歳が始期とされますが,大学卒業を前提する場合は大学卒業予定時が始期とされます。
但し,職種,地位,健康状態,能力等により,上記と異なる判断がされることもあります
オ ライプニッツ係数
被害者が,事故に基づく損害賠償として,後遺症や死亡による逸失利益を一時金で取得すると,これを元本として運用した利息分を被害者が利得することになってしまいます。
そこで,実務においては,被害者が事故をきっかけとして運用利息分を利得することがないように,中間利息分をあらかじめ控除して一時金を支払わせるという処理がなされています。
その計算方法として,実務上,一般に,ライプニッツ方式が採用されており,具体的には,労働能力喪失期間又は就労可能年数に対応するライプニッツ係数を乗ずることによって計算されます(具体的なライプニッツ係数の数値については,赤本等の文献をご参照下さい)。