交通事故と労災保険

-労災事故について

 

交通事故は,勤務中に発生(業務災害)することもありますし,通勤中に発生(通勤災害)することもあります。このような場合,被害者は,労災保険によって,療養(補償)給付等を受けることができます(業務災害の場合は「療養補償給付」,通勤災害の場合は「療養給付」といいます)。

 

-労災保険のメリット

 

①療養(補償)給付

 

労災保険から受け取ることができる療養の給付には,自賠責保険のような上限金額の定めがありません。自賠責保険においては,上限額を超える場合は,治療費も過失割合に応じて被害者自身の負担となってしまいますが,労災保険の場合,被害者に過失があるとしても,被害者が治療費を負担することはありません。

 

②特別支給金

 

休業(補償)給付(*1)や障害(補償)給付(*2)については,加害者に対する損害賠償請求において,損益相殺(交通事故によって損害を被ると同時に,何らかの利益を得た場合,その損害から利益を差し引くことを言います)の対象とならない「特別支給金」を受け取ることができます。

 

*1: 労働者が,業務又は通勤が原因となった負傷や疾病による療養のため労働することができず,そのために賃金を受けていないとき,その第4日目から休業補償給付(業務災害のばあい)または休業給付(通勤災害の場合)が支給される制度。

*2: 業務または通勤が原因となった負傷や疾病が治ったとき,身体に一定の障害が残った場合に,障害補償給付(業務災害の場合)または障害給付(通勤災害の場合)が支給される制度。

 

どういうことかと言いますと,休業(補償)給付を例にすると,労災保険では,

①労働災害による休業期間につき,平均賃金の60%に相当する休業(補償)給付と,

②20%に相当する休業特別支給金を受け取ることができる

(合計で80%となります)

ところ,②の休業特別支給金については,加害者に対する損害賠償額から控除されないとされているので,被害者は,休業損害額から休業(補償)給付分60%のみを差し引いた,残りの40%を,加害者に対して請求することが可能です。

 

したがって,被害者は,結果として,労災から受け取った80%(休業(補償)給付+特別支給金)に,加害者に対して請求できる40%を加えた,休業損害額の120%の給付を受けることができることになります。

 

③損害賠償額との調整

 

労災保険給付は,加害者に対する損害賠償請求の場面では,損益相殺の対象となりますが,相手方の任意保険や自賠責保険からの既払金とは異なり,費目の流用が認められていません。

 

そのため,相手方からの賠償金よりも先に受領した休業(補償)給付及び障害(補償)給付は,被害者の休業損害や逸失利益といった消極損害のみに充当され,被害者の過失が大きい事案であっても,慰謝料額等の別の損害項目から控除されることはありません。

 

また,被害者の後遺障害が重い事案(7級以上)では,障害(補償給付)が年金方式となりますが,年金の受給中または年金の支給開始前に,被害者が加害者から損害賠償を受けたときは,その価額の限度で,年金の支給は一時停止されます(労働者災害補償保険法12条の4第2項)。しかし,この停止期間は7年間に限られていますので(平成25年3月29日基発0329号第11号),支給が停止される金額の合計が損害賠償額として先に受領した逸失利益の額を下回ることがあり得ます。その結果,被害者は,労災保険を使うことにより,相手方に対する損害賠償請求によって得られる金額を超える経済的利益を得られることになります。

 

-終わりに

 

以上の通り,労災保険には大きなメリットがあり,労災保険が適用される交通事故については,労災保険を使わない手はないと思われます。労災保険が適用されるかどうかわからないというような場合には,お近くの労働局や,労働基準監督署にご相談されるか,交通事故についての他の相談も含め,法律事務所にご相談頂ければと思います。