保険代位とその範囲に関する問題(人身傷害補償保険と過失相殺)
-交通事故に関する保険金(無保険車傷害保険金,人身傷害補償保険金等)については,保険代位の制度があり,被保険者(被害者)が第三者(加害者)に対して有する損害賠償請求権が支払われた保険金の限度で保険会社に移転(代位)することにより,被保険者の第三者に対する損害賠償請求権がその分だけ減少することとなります。
-無保険車傷害保険金のように,支払われる保険金の金額が,賠償義務者(加害者)が法律上負担すべき賠償責任の金額とされており,また,個別の保険契約において,保険金額が無制限とされているケースに関しては,①被害者(被保険者)が当該保険金を受領後に②賠償義務者に対して請求をした場合,賠償義務者が負担すべき(未払の)金額を算定するに際し,受領済みの保険金の額を控除することになるので,計算上あまり問題になることはありません(ただし,既払金の充当と遅延損害金との関係という点では,問題が生じ得ます。この点については,別途改めてご紹介致します)。
-ところが,人身傷害補償保険については,同保険の支払基準によって算定された金額が支払われるものとされているところ,当該金額は,いわゆる裁判基準によって設定された金額よりも低いことや,個別の保険契約において保険金額が設定されているものが多いのが一般です。そのため,保険金額が損害額に達しない,「一部保険」となることが通例です。
そうすると,加害者に対する損害賠償請求に先行して人身傷害補償保険金が支払われた場合において,被保険者(被害者)の第三者(賠償義務者)に対する損害賠償請求権の額が損害額に満たないとき(典型例は,過失相殺が認められるときです)に、どの限度で,賠償義務者が賠償すべき金額から支払済みの保険金の金額が控除されるのか(どの範囲で保険代位が生じるのか)について,問題が生じます。
-この点について裁判例は、
①絶対説
:保険会社は,人身傷害保険金全額に相当する損害賠償請求権を第位取得するとする見解
②比例説
:保険会社は,人身傷害保険金のうち加害者の過失割合に対応する範囲で損害賠償請求権を代位行使するとする見解
③人傷基準差額説
:被害者側が,人身傷害保険金と損害賠償金により人傷基準損害額を確保できるようにするとする見解
④裁判(訴訟)基準差額説
:被害者側が,人身傷害保険金と損害賠償金により裁判(訴訟)基準損害額を確保できるようにするとする見解
に分かれていましたが,最近では,④の見解が多数を占めていました。
そして,最判平成24・2・20(民集66巻2号742頁),最判平成24・5・29(集民240号261頁)は,
「保険会社は保険金請求権者の権利を害さない範囲内に限り保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する」旨の定め(保険代位の定め)がある自動車保険契約の人身傷害条項の被保険者である被害者に過失がある場合において,上記条項に基づき被害者が被った損害に対し保険金を支払った保険会社は,
「保険金の額」と「被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額」との「合計額」が「民法上認められるべき過失相殺前の損害額を上回る場合」に限り,その「上回る部分に相当する額の範囲」で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得するとして,裁判(訴訟)基準差額説をとることを明らかにしました。
上記判例は,保険法(平成20年6月6日法律第56号)施行(平成22年4月1日)前の約款に関するものですが,同法施行後の約款についても同様に解されています。
この判例によれば,被害者側は,人身傷害保険金と損害賠償金により,裁判(訴訟)基準損害額を確保できるということになります。