役員報酬の「利益配当部分」と「労働対価部分」(労働の対価であると主張立証する方法)

 

会社役員が交通事故の被害者になった場合,相手方の保険会社は,その被害者が従前会社からもらっていた役員報酬は,全額が「労働対価」ではなく,「利益の配当」の性質があるので,交通事故によって役員報酬全額が失われるわけではない,と主張してくることがあります。

この論点については,このサイトでも何度か取り上げていますので,「役員報酬」という言葉で検索をかけていただき,従前の知恵袋もご参照いただければと思いますが,以下においては,この点が議論になる事案において,被害者側が,「役員報酬は利益配当ではなく,労働の対価だ!したがって,しっかりその分の損害賠償を支払ってください!」と主張するための具体的な方法について,少し踏み込んで書いてみます。

 

1 実際に役員報酬を不支給にする

 

一つの有効な方策として,役員が交通事故で仕事ができなくなったような場合,株主総会と取締役会を開催して,そのような事情から役員報酬を支給しないという決議をして,実際に役員報酬を支給しないということが考えられます(ただし,これによる税務的なデメリットについては,事前に税理士さんにご相談ください)。これによって,役員は実際に交通事故により給与を受けられなくなりますので,交通事故によって給与が失われた,すなわち,その分の役員報酬は労働の対価であったと主張しやすくなる面があります。

 

2 判例の紹介

 

そして,そもそも,以下のような判例を引用して,役員報酬について,軽々に「利益配当を含む」と認定してはならないということを裁判所に訴えることが重要です。コピペ可能なように,準備書面で書いたものを以下にそのまま張り付けておきます。

 

 ア 千葉地判平成25年6月5日(甲18)

 

同裁判例は,

 

■ 原告会社は,持ち株比率が原告X1が50%,常勤取締役である妻が30%,常勤取締役であるA(以下「A」という。)が10%の同族会社であること,

■ 原告会社は代表取締役である原告X1のほか,役員2名,正社員4名,パート2名で構成され,本件事故直前の21期(平成21年9月1日から平成22年8月31日)の役員報酬は,原告X1は1826万7660円,妻は615万8160円,Aは803万6000円,非役員で最も給与の高いBは平成23年度給与586万8000円であること

■ 原告X1は,社員らの中で最も長時間勤務し,その役割は,社長として業務全体を統括し,業務全体の進行状況の把握,社員の業務日報の確認等の労務管理,経理の確認,その他書類の決裁をするほかに,施工部のリーダー,施工現場の監督,加えて,もともとが原告X1の個人事業を法人成りさせた関係上,営業活動でも原告X1自身が直接担当する顧客があり,売上比率でいえば営業のリーダーであるAと比べて遜色なかったこと

■ 上記21期と本件事故直後の22期を比較すると,売上高,売上総利益,損益がいずれも低下ないし悪化したこと

を挙げ,

 

「原告X1は,Aと比べて,社長としての役割の他に,施工・営業部門を通じてみた場合により大きな働きをしているものとして,Aの2倍強(Aの報酬は上記Bとの対比において全額が労務対価部分と認められる。)の,上記Bは施工・営業部門のリーダーとしての役割を有しないことから,同人の3倍強の,各労務提供をしているものと解されるから,原告X1の上記報酬が労務の対価としてAや上記Bの報酬や給与と均衡を欠いているということはできない。」

 

と判断しており,他の従業員との給与との比較において,①社員らの中で最も長く勤務していたという事情,②社長としての業務全体の統括や業務全体の進行状況の把握,現場の監督といった責任者としての役割を考慮し,さらに,②営業活動における売上比率等,実働における役割と影響力の大きさ,③実際に事故後売上高,売上総利益,損益がいずれも低下ないし悪化したという事実等を考慮して,役員報酬の全額を労務対価部分として認めている。

 

イ 札幌地判平成21・2・16判例時報2045号130頁(甲59)

 

同裁判例は,死亡事故事案ではあるが,交通事故で死亡した57歳の会社代表取締役(「太郎」)の逸失利益について,以下の理由から,役員報酬額840万円全額を労働対価部分と認定した。

 

①丁原社は,自動制御装置の工事設計及び施工,電気工事の請負及び施工等を目的とする有限会社であり,本件事故当時,代表取締役である太郎のほかに,取締役として原告花子,従業員として戊田と原告二郎(昭和54年生)の2名がいた。資本金の額は300万円であり,丁原社の発行済株式総数3000株のうち,太郎が2400株を,その妻である原告花子が600株を有していた。

②太郎は,工事現場で作業に従事したり現場監督をしたりするほか,取引先との交渉,契約締結,請求書の発行までの一連の手続や金融機関からの借入れその他の資金繰りに関することなど実質的に丁原社の業務一切を取り仕切っていた。原告二郎と戊田はもっぱら現場での作業等に従事しており,また,原告花子は帳簿をつける程度であった。太郎の取締役報酬は年額840万円に固定されていた。太郎が死亡した後の平成19年5月に原告二郎が丁原社の代表取締役に就任した。

③丁原社は小規模な会社であり,その代表取締役であった太郎は,現場での作業を含めて丁原社の業務全般を実際に行っており,その職務内容は,他の取締役や従業員のそれと比較して極めて重要なものであること,その報酬額も年齢等に照らしてさほど高額ではなく(原告二郎の基本給が月額23万円,原告花子の取締役報酬が年額120万円)本件事故による太郎の死亡後には丁原社の売上高が大きく減少する(事故日である平成19年4月26日が含まれる同年6月期の1年間は金7696万円,事故後の平成20年6月期の1年間は金4486万円)など太郎の死亡の影響が顕著に現れていると考えられることに照らすと,太郎に支給されていた役員報酬年額八四〇万円の全額が労務対価部分と認定するのが相当である。

 

同裁判例においても,他の従業員との給与との比較において,①現場での作業を含めて会社の業務全般を実際に行っており,その職務内容は,他の取締役や従業員のそれと比較して極めて重要なものであるという役割の重要性を考慮し,②実際に事故後会社の売上が大きく減少していること等を理由として,役員報酬の全額を労務対価部分として認めている。

 

3 過去の役員報酬の変更に着目した主張立証

 

加えて,過去に,その役員の報酬が,「赤字でも支払われていた」「赤字になった翌年にも前年と同額支払われていた」という事実があれば,それを証拠として提出することで,「利益がない年でも役員報酬が支払われていたのであるから,その金額については明らかに労働の対価であって利益の配当ではない」という主張を説得的に立証することが可能です。

 

4 その役員の重要性についての主張立証

 

さらに,その役員が,単に株主であるというだけではなく,そのノウハウや実労働でどれほど会社に貢献しているかを証拠とともに立証することで,この役員の報酬は,利益の配当ではなく,労働・能力の対価であることを説得的に立証することも可能です。

 

弁護士 牧野誠司