婚姻費用と住宅ローン

婚姻費用とは、夫婦関係に基づく生活保持義務を根拠として認められるものであり、夫婦関係が存続している以上、一方配偶者から他方配偶者に対して支払う義務が課されるものですが、実務上一般には、裁判所の作成している養育費・婚姻費用算定表に基づいて算定されます(拙稿「過去の婚姻費用」参照)。

 

ところが、夫婦の一方又は双方が住宅ローンの支払を行っている場合、住宅ローンの支払が住居を確保するための費用という側面と資産形成のための費用という側面の2つの側面を有していることから、婚姻費用の金額をどのように調整するかが問題となります。

 

そして、この場合の婚姻費用の金額については、実務上一般に、以下のように解されています(以下では、婚姻費用を支払う側を「義務者」、婚姻費用を受ける側を「権利者」といいます。)。

 

1 住居に義務者が居住している場合

 

(1)義務者が住宅ローンを支払っている場合

 

この場合、住居の登記名義にかかわらず(つまり、夫婦共有名義であったり、権利者の単独名義であったとしても)、義務者による住宅ローンの支払は、婚姻費用の金額算定にあたって考慮されません

なぜなら、この場合、義務者による住宅ローンの支払は、義務者にとっては、資産形成のための費用だけではなく、住居を確保するための費用としての意味を持ちますが、この住居を確保するための費用については、婚姻費用算定の基礎となる基礎収入の算定において、既に特別経費として控除されており(つまり、義務者の手元に残っていることとなります)、他方で、権利者にとっては、住宅ローンの支払は資産形成のための費用でしかありませんので、住宅ローンの支払を理由に婚姻費用の金額を減額することは、資産形成を生活保持義務に優先させることとなり、相当ではないからです。

 

(2)権利者が住宅ローンを支払っている場合

 

この場合、権利者の負担で、義務者がその住居費用の支出を免れている関係となりますので、義務者が住居費として負担すべき相当額については、婚姻費用の金額算定にあたって、考慮すべきものとされています

 

(3)義務者・権利者の双方が住宅ローンを支払っている場合

 

この場合、義務者による住宅ローンの支払については、上述(1)と同様に、婚姻費用の金額算定にあたって考慮する必要はありません。

 

他方で、権利者による住宅ローンの支払については、上述(2)の場合と同様ではあるものの、義務者自身も住宅ローンの支払いを行っていることから、必ずしも、権利者の負担において、義務者がその住居費用の支出を免れているという関係にはありません。

 

この点について、大阪高決平成21年10月7日は、夫婦それぞれが、それぞれの名義の住宅ローンを支払っているところ、権利者である妻が、自宅に居住している義務者である夫に対して、婚姻費用の分担を請求した事案において、妻が、自身が実家に住居費を支払っていることから、住宅ローンについては、自宅に居住している夫が全額負担すべきであると主張したのに対し、「住宅ローンの返済は財産形成のための支出であって、財産分与において清算するのが相当である」として、妻の主張を排斥しました。

 

2 住居に権利者が居住している場合

 

(1)義務者が住宅ローンを支払っている場合

 

この場合、義務者は、住宅ローンを負担するとともに、自らの居住する住居に関する費用を支払っているケースが多いため、住居関係費を二重に負担していることとなります。他方で、権利者は、義務者の負担において、自らの居住する住居の住居関係費の負担を免れることとなります。

 

そこで、この場合には、裁判例上、義務者が住宅ローンを負担していることを考慮して、婚姻費用の金額を算定するものが多く見られます。

 

例えば、東京家裁平成27年6月17日審判判タ1424・346は、義務者である夫(相手方)が、自宅を出て、妻(申立人)及び子らと別居し、賃貸アパートで生活するようになったが、自宅を売却するまでの間、自宅に係る住宅ローンを負担していたという事案について、「標準算定表は、別居中の権利者世帯と義務者世帯が、統計的数値に照らして標準的な住居費をそれぞれ負担していることを前提として標準的な婚姻費用分担金の額を算定するという考え方に基づいている。しかるところ、義務者である相手方は、上記認定のとおり、平成26年×月まで、権利者である申立人が居住する自宅に係る住宅ローンを全額負担しており、相手方が権利者世帯の住居費をも二重に負担していた。したがって、当事者の公平を図るためには、平成26年×月までの婚姻費用分担金を定めるに当たっては、上記の算定額から、権利者である申立人の総収入に対応する標準的な住居関係費を控除するのが相当である。」と判示しています。

 

 

但し、別居の原因が義務者にあった場合や、権利者が無収入かその収入が非常に少ない場合には、義務者による支払を考慮しないという裁判例もあります。

例えば、大阪高裁平成21年9月25日決定は、義務者である夫(抗告人)が、不貞行為を行い、自宅を出て不貞相手と同居し、その住居人自宅の住宅ローンを負担しているという事案において、「住宅ローンの返済については離婚の際の財産分与において清算すべきであり、これを婚姻費用の分担額の算定にあたって考慮するのは相当でない。」と判示した上で、本件については、夫(抗告人)は、住居関係費を二重に支払っていることになるものの、「住宅ローンの返済については、上記のとおり、財産分与において清算すべきであり、また、別居の原因は主として抗告人にあったと認められるから、上記家賃と標準的な住居関係費の差額を婚姻費用の分担額から控除するのは相当でない」と判示しています。

 

(2)権利者が住宅ローンを支払っている場合

 

この場合、権利者は、自らが居住する住宅の住宅ローンを支払っているにすぎませんので、基本的には、権利者が住宅ローンを支払っていることを理由に、婚姻費用の増額を求めることはできません。

 

(3)義務者・権利者の双方が住宅ローンを支払っている場合

 

この場合、住居に居住する権利者の支払は、上述(2)の通り、婚姻費用増額の理由にはなりません。

 

他方、義務者の支払については、権利者による住宅ローンの支払が権利者が負担すべき住居関係費として不相当に低額であるといった事情がない限り、婚姻費用減額の理由にはなりません。

 

3 義務者・権利者のどちらも住居に居住していない場合

 

この場合、住宅ローンの支払については、義務者・権利者の双方にとって、単なる資産形成のための費用としての側面しかありませんので、義務者・権利者いずれの支払についても、婚姻費用の金額算定にあたっては考慮されません。

 

【参考文献】

松本哲泓「婚姻費用分担事件の審理―手続と裁判例の検討」(家庭裁判所月報第62巻第11号)