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医療法務の知恵袋

医療法務の知恵袋(8)【因果関係】

医療法務の知恵袋(8)【因果関係】

 

Question

 

医療過誤裁判では,医師にミス(過失)があっただけで直ちに医師側の損害賠償義務は認められるのでしょうか。

 

 

1 因果関係が必要

 

医療過誤裁判において,患者側の医師側に対する損害賠償請求が認められるためには,医師側にミスがあるだけでは足りず,そのミスと患者側の死亡や後遺障害の残存といった結果との間に因果関係が必要です。

 

因果関係とは,簡単に言えば「医療ミスがなければ,患者の死亡という結果が生じなかった」という関係のことをいいます。

 

例えば,余命数日と考えられる患者に対し,ある医療ミスを犯したとしても,その医療ミスがあったかなかったかによって当該患者が死亡するという結果は変わらないといえます。

 

そのような場合には,因果関係という法律上の要件が欠け,患者側の医師側に対する損害賠償請求は否定されます。

 

2 医療裁判での因果関係の紹介

 

(1)高度の蓋然性とは

 

以上のような因果関係は,通常,「ミスがなければ結果が発生しなかったことが高度の蓋然性をもって認められる」ことを意味すると言われています。

 

医療裁判の世界では,「医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点において,なお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性」などと言われています。

 

この「高度の蓋然性」とは,やや分かりにくい表現ですが,おおざっぱにいえば,「医療ミスがなければほぼ間違いなく死亡時点で当該患者が生存していたであろうこと」を意味すると理解すればよいかと思われます(誤解を恐れずいうとすれば,「8~9割の確率で生存していた」といえる場合,といった感じでしょうか。)

 

(2)相当程度の可能性とは

 

以上のような「8~9割の確率」は,患者側の方で,例えば5年生存率等の統計等を用いながら立証することとなります。

 

しかしながら,医療の素人である患者の方で「その医療ミスがなければ,ほぼ間違いなく生存していたこと」を立証することは,容易ではありません(特に,いわゆる不作為型(適切な治療行為をすべきところをしていないケース)であれば,なおのことその立証は困難です)。

 

そこで,これまで裁判所は,医療ミスが認められ,患者側を救済してあげるべき事案において,様々な工夫をしてきました。その一つが,「相当程度の可能性」というものです。

 

すなわち,最高裁は,前述した「高度の蓋然性」が認められないケースでも,「医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者に対し,その損害を賠償する責任を負う」と判示しています(※1)。

 

この「相当程度の可能性」というのも,先ほどの「高度の蓋然性」以上に分かりにくい表現ですが,ここでも誤解を恐れずにいうとすれば,「医療ミスがなければ患者の死亡等の結果が発生しなかったことが,5割程度の確率でいえる場合」といった感じでしょうか(この5割という数字は,裁判所が判示したものではなく,あくまで当職のこれまでの経験等に照らした数字とご理解ください)。

 

この「高度の蓋然性までは認められないが,相当程度の可能性は認められる」として,損害賠償請求を認めた裁判例は,これまで何十件も存在します。

 

そのため,現在の医療裁判では,「相当程度の可能性」をもって医療ミスと患者の死亡等との関連性が立証されれば,医師側の損害賠償義務が認められてしまうこととなります。

 

但し,「高度の蓋然性」が認められる場合の損害賠償金は,数千万に及ぶこともままありますが,「相当程度の可能性」が認められるに過ぎない場合は,数百万円にとどまることが一般的です。

 

 

3 まとめ

 

私が医師の先生方とお話させていただく際に,医療現場と法律との間のギャップを感じる点として,この因果関係があげられます。

 

医師の先生方としては,やはり関心は「医療ミス(過失)」であり,因果関係の議論については,中々理解が進んでいない先生方も多いのが実情かと思います。

 

医療裁判においては,前述の通り,損害賠償請求が認められるためには,因果関係が必要であること,そしてその因果関係には,大きく分けて,「高度の蓋然性」と「相当程度の可能性」という2種類があり,後者が認められるだけで,(損害賠償金は数百万円ですが)損害賠償請求が認められてしまいます。

 

今般はさらに進んで,「相当程度の可能性」が認められない場合であっても,「患者が医師から適切な治療行為を受ける期待権」を侵害したことのみを理由として損害賠償請求を認めた裁判例も出ているところですので(※2),医師の先生方においては,医療ミス(過失)と同じように,因果関係の問題についても理解を深めていただければ幸いです。

 

 

 

※1 例えば,最判平成12年9月22日(民集54巻7号2574頁)。

 

※2 例えば,大阪地判平成23年7月25日(判タ1354号192頁)。

 

 

(弁護士 髙橋 健)

 

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