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医療法務の知恵袋

医療法務の知恵袋(16)【高齢者の患者を診る場合の注意点-その2-】

 

Question

 

私は,麻酔担当医として総合病院に勤務している者ですが,高齢の患者に麻酔を行う場合,法的に注意すべき事項はありますか。

 

 

 

 

1 高齢者への麻酔投与方法が問題となるケース

 

 

前回の知恵袋に引き続き,今回も,高齢者の患者を診る際の注意点をお話しようと思います。

 

今回は,手術中の麻酔投与に関する事例をご紹介します。

 

 

2 最高裁平成21年3月27日判決判時2039号12頁

 

(1)事案の概要

 

【患者】

65歳女性

 

【医療機関】

県立病院

 

【疾患】

転倒により左大腿骨骨折

 

【事故の概要】

全身麻酔と局所麻酔の併用による手術を受けた患者が,術中に麻酔の影響により血圧が急激に低下し,引き続き生じた心停止が原因となって死亡した。

 

 

(2)争点

 

担当麻酔医は,全身麻酔薬と局所麻酔薬を併用する場合には,65歳という当該患者の年齢に鑑みて,血圧低下,心停止,死亡という機序をたどらないように,投与量の調整をすべき義務を負うか否か。

 

(3)裁判所の判断

 

肯定(担当麻酔医は投与量を調整する義務を負う)

 

(4)判旨

 

本件麻酔担当医は,プロポフォール(全身麻酔薬)と塩酸メピバカイン(局所麻酔薬)を併用する場合には,プロポフォールの投与速度を通常よりも緩やかなものとし,塩酸メピバカインの投与量を通常よりも少なくするなどの投与量の調整をしなければ,65歳という年齢の本件患者にとっては,プロポフォールや塩酸メピバカインの作用が強すぎて,血圧低下,心停止,死亡という機序をたどる可能性が十分にあることを予見し得たものというべきであり,そのような機序をたどらないように投与量の調整をすべき義務があった。

 

 

ところが,麻酔担当医は,全身麻酔により就眠を得た患者に対し,2%塩酸メピバカイン注射液をその能書に記載された成人に対する通常の用量の最高限度である20ml投与した上,プロポフォールを,通常,成人において適切な麻酔深度が得られるとされる投与速度に相当する速度(7.5mg/kg/時)で,午後1時35分から午後2時15分過ぎまで40分以上の間持続投与し,その間,患者の血圧が麻酔の効果が高まるに伴って低下し,手術が開始された午後1時55分以降は少量の昇圧剤では血圧が回復しない状態となっていたにもかかわらず,投与速度を落とす措置を講じなかった。そのため,その速度が能書に記載された成人に対する通常の使用例を超えるものとなっていた。

 

 

そして,その結果,午後2時15分過ぎに患者の血圧が急激に低下する事態となり,それに引き続いて心停止,さらに死亡という機序をたどった。

 

 

⇒麻酔担当医には,患者の死亡という結果を避けるためにプロポフォールと塩酸メピバカインの投与量を調整すべきであったのにこれを怠った過失がある。

 

 

3 まとめ

 

以上の通り,裁判所は,今回の担当麻酔医の先生には,患者の年齢や全身状態に即してプロポフォールと塩酸メピバカインの投与量を調整すべき注意義務を怠った過失があると判断しました。

 

この裁判例は,一見すると,患者が高齢者である場合に,お医者さんに特別な重い責任を課したかのようにも思えますが,私個人としては,一概にそうとまでは言えないと理解しております。

 

というのも,今回問題となった全身麻酔薬プロポフォールの能書には,局所麻酔薬と併用投与する場合及び高齢者に投与する場合には血圧低下等の副作用が現れやすいので投与速度を減ずるなど慎重に投与すべきことが記載されていました。

 

また,局所麻酔薬塩酸メピバカインの能書にも,重大な副作用として心停止等があり,高齢者には投与量の減量等を考慮して慎重に投与すべきことが記載されていました。

 

一般的に投薬する薬の添付文書が法律上の注意義務違反(過失)の有無を判断する上で非常に重要となることは,本知恵袋の(6)でもお伝えしましたが,ここでの能書に関しても,同じようなことがいえます。

 

通常,麻酔の投与量をどの程度増減するかについては,麻酔医の一定の裁量にゆだねられる部分があると考えられますが,それでも,能書に上記のような記載がある以上,本件麻酔医の先生の投与方法には,やはり問題があったと言わざるを得ないのでしょう。

 

高齢者の患者に対する投薬の場合であっても,やはり基本は,添付文書を注意深く検討し,投与方法を慎重に決定していく必要があるのだと思います。

 

 

 

弁護士 髙橋 健

 

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