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医療法務の知恵袋

医療法務の知恵袋(17)【皮膚科領域の裁判例】

 

Question

 

私は,皮膚科のクリニックを開業している医師ですが,これまで皮膚科の領域で問題となった医療過誤裁判はありますか。

 

またそのような裁判例がある場合,それをふまえて何か気を付けるべきことはありますか。

 

 

 

1 皮膚科領域の裁判例について

 

 

今般,皮膚科領域の裁判例をリサーチする機会がありました。

 

一般的に皮膚科領域の裁判例はそれほど多くありませんが,以下,参考になる裁判例がありましたので,ご紹介します。

 

 

2 東京地裁平成16年6月16日判時1922号95頁

 

(1)事案の概要

 

【患者】

当時5歳の女児

 

【医療機関】

皮膚科診療所

 

【事故の概要】

皮膚科の医療機関を受診した女児(当時5歳)が,皮膚科医の不適切な治療行為によってアトピー性皮膚炎を著しく悪化させたとして,損害賠償請求をした事案

 

 

(2)争点

 

①本件皮膚科医の行った本件脱ステロイド療法(イソジン液による消毒並びにプロトピック軟膏,アクアチムクリーム及びニゾラールクリームの塗布等)が過失といえるか。

 

②上記本件皮膚科医の治療行為と患者の症状悪化との間に,因果関係が認められるか。

 

 

(3)裁判所の結論

 

①・・肯定

②・・肯定

 

 

(4)裁判所の判断の概要

 

ア 争点①について

 

■ アトピー性皮膚炎の治療におけるポイント

 

アトピー性皮膚炎は,増悪と寛解を繰り返して慢性に経過する疾患であり,その治療の目標は,皮膚症状をコントロールして日常生活になるべく支障のない状態にすることにある。

そのために,アトピー性皮膚炎の治療においては,対症療法により痒み止めと湿疹の治療をすることに重点が置かれ,掻破行為による症状の悪化を避けるため皮膚を刺激しないことが重視される。

 

■ 本件皮膚科医の治療行為が過失といえるか

 

イソジン液による消毒,プロトピック軟膏,アクアチムクリームおよびニゾラールクリームは,いずれも,強弱はあるにせよ,皮膚に対して刺激感や掻痒感を与えるものである。

 

このことは,添付文書に記載されていることである。

 

そして,本件受診期間の患者が,それらの軟膏を塗布した際に刺激感や掻痒感を覚えていたことや,患者の皮膚症状が悪化していた経過に照らすと,本件皮膚科医の治療行為は,アトピー性皮膚炎の治療における「痒み止め」や「掻破行為による症状の悪化を避けるために皮膚を刺激しないこと」という目的に相反し,かえって掻破行為を助長し,結果としてXの皮膚症状を著しく悪化させて,全身衰弱をもたらしたものといわざるをえない。

 

イ 争点②について

 

(本件患者が本件皮膚科医を受診する前に使用していた)ステロイドのリバウンドは,本来,内服によるステロイドの大量摂取を急に中止することによって生じる原疾患の悪化をいうのであり,ステロイドを外用していた本件においてはそのようなリバウンドは考えにくい。

 

したがって,患者の症状悪化は,本件皮膚科医の治療行為上の過失によるものと認められる。

 

 

3 まとめ

 

本件は,脱ステロイド治療を標榜していた皮膚科医が,患者の症状が極めて悪化しているにもかかわらず,頑なにステロイド治療以外の治療を実施した結果,患者の症状が著しく増悪してしまった(全身の皮膚が赤みと熱を帯び,皮がむけて赤く腫れる,発熱症状が出る等)案件ですが,特に争点①(過失)に関する本裁判例の判断のポイントは,

 

■ アトピー性皮膚炎治療の一般論

 

アトピー性皮膚炎の治療においては,痒み止めと湿疹の治療を実施するとともに,掻破行為による症状の悪化を避けるため皮膚への刺激を回避するよう努めることがポイントであること

 

■ 本件の個別具体的な判断

 

治療経過として患者が刺激感や掻痒感を覚え,上記アトピー性皮膚炎治療のポイントに相反するような症状となっている場合で,しかも現在処方している薬の添付文書に,それらの皮膚刺激感や掻痒感が生じることがある旨の注意書きがなされているような場合には,それらの薬を処方し続ける行為を過失(ミス)を構成し得ること

 

ということになろうかと考えます。

 

 

ただし,注意すべきは,この裁判例においても,添付文書の記載内容等を詳細に確認して,個別具体的に判断しているところです。

 

添付文書やガイドラインが,現在の裁判において重要な証拠となることは,本知恵袋(6)でもお話したとおりですが,この裁判例においてもその点が重要視されています。

 

したがって,皮膚科領域であっても,まずもって注意しなければならないのは,治療方針等に疑問が生じた場合にはそれらの添付文書やガイドラインを丁寧に確認すること,ということになろうかと考えます。

 

 

 

弁護士 髙橋 健

 

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