医療法務の知恵袋(10)【開業医の転医義務】
Question
開業医が総合病院等の人的・物的に十分な設備を有する医療機関に患者を転医させなければならない場合とは,どのような場合でしょうか。
1 開業医の転医義務とは
開業医のお医者さんは,日常よく起きる風邪などの比較的軽度の病気を治療する役割を担っていますが,他方で,そのような治療プロセスの中で,重大な病気またはその可能性を発見しなければならないシーンに出くわすこともあります。
そのような場合に問題となるのが,総合病院等の高度な医療を施すことのできる医療機関に転医させる義務です。
そのような転医義務は,今日,法律上の義務として認められており,それに違反した場合には,法的責任の追及対象になり得ます。
もっとも,少しでも重大な病気の兆候があれば,いわば結果論的に開業医の先生の転医義務違反が認められるわけではなく,その時の患者の症状や,搬送可能な医療機関の有無等,様々な要素を鑑みながら判断されます。
2 開業医の転医義務を認めた裁判例
ここで1つの事例を紹介したいと思います。
その事例は,患者が風邪で約4週間毎日のように開業医にかかり,顆粒球減少症の副作用を有する多種類の風邪薬を投与された結果,副作用により顆粒球減少症に罹患し,死亡してしまったケースです。
ここで裁判所は,開業医の転医義務について,次のように述べています。
「開業医の役割は,風邪などの比較的軽度の病気の治療に当たるとともに,患者に重大な病気の可能性がある場合には高度な医療を施すことのできる診療機関に転医させることにあるのであって,開業医が,長期間にわたり毎日のように通院してきているのに病状が回復せずかえって悪化さえみられるような患者について右診療機関に転医させるべき疑いのある症候を見落とすということは,その職務上の使命の遂行に著しく欠けるところがあるものというべきである。」
「開業医が本症の副作用を有する多種の薬剤を長期間継続的に投与された患者について薬疹の可能性のある発疹を認めた場合においては、自院又は他の診療機関において患者が必要な検査、治療を速やかに受けることができるように相応の配慮をすべき義務があるというべきであり、当該発疹が薬疹によるものである可能性は否定できず、本症の副作用を有する多種の薬剤を長期間継続的に投与されたものである以上はネオマイゾンによる中毒性機序のみを注意義務の判断の前提とすること」は適当でない,と述べました(以上につき,最判平成9年2月25日民集51巻2号502頁)。
まとめると,裁判所は,約4週間,毎日のように通院していた患者が,風邪薬を処方しているのに一向に症状が回復せず,薬の副作用を疑わせる症状も出ている状態においては,開業医は,患者に必要な検査,治療を速やかに受けさせる相応の配慮をしなければならない,と判断しました。
3 まとめ
以上のような,(大雑把な表現ではありますが)「風邪薬を処方しているものの一向に症状が回復しないケース」などは,開業医であれば,誰もが一度は体験するようなケースではないでしょうか。
そのような場合,開業医のお医者さんは,漫然と風邪薬を処方し続けるのではなく,その後の患者の症状経過に十分に注意して,「おかしい」と判断した場合には,速やかに転医措置等をとる必要があります。
そして,その「おかしい」と判断できるようにするためには,それまでの豊富な経験とともに,やはり一般的なガイドラインや標準的な医学文献等の医学的知見を正確に身に着けておくこと(あるいは,少しでも違和感を感じれば,常にそれらの医学文献等にあたる意識・姿勢を忘れないこと)が重要なのだと思います。
(弁護士 高橋 健)