医療法務の知恵袋(15)【高齢者の患者を診る場合の注意点-その1-】
Question
当院では,デイケアを受けた患者さんを自宅まで送迎するサービスを提供していますが,例えば,その送迎中に患者さんが転倒したりした場合,当院はその責任を全て負う必要があるのでしょうか。
1 高齢者の患者を診る場合には特別の注意が必要?
最近は医療事故調査制度を集中的に取り上げていましたが,今回は一休みして,昨今,高齢化により問題となっている高齢者の患者を診る場合の注意点について,お話したいと思います。
高齢者は,一般的に,身体的・精神的機能の低下が著しいため,よく医療の現場で事故が生じてしまいます。
そのような場合,病院は,当該患者が高齢者であることから,特別の注意を払わなければならない法的義務を負っているのでしょうか。
2 参考となる裁判例(東京地裁平成15年3月20日判決判時840号20頁)
ここで1つ,参考となる裁判例をご紹介します。
高齢者の事故でよく問題となるケースとしては,院内や自宅までの送迎中の転倒があげられますが,以下の裁判例は,そのような高齢者の転倒が問題となった事案です。
(1)事案の概要
【患者】
78歳男性
【医療機関】
内科,心療内科及び精神科を診療科目とし,精神科の付帯施設として小規模精神科デイケア承認施設を設置する医院
【疾患】
・アルツハイマー型老年性痴呆
・自立歩行可能(何かに掴まりながらでないと歩けないとか,付添人が手を貸さなければ歩けないなどということはなかった)
・患者は,本件事故の約3週間前の検査で貧血状態にあり,鉄剤の投与が検討されていた
・患者は,本件事故の約7カ月前から体重が減少傾向(合計で6キロ減少。45kg⇒39kg)
【事故の概要】
患者が医院でデイケアを受けた後,医院の送迎バスで自宅前に帰宅し, 送迎バスを降りた直後に転倒し骨折(右大腿部けい部骨折)し,その後肺炎を発症して死亡した。
(2)争点
①医院は,患者を送迎するに際し,同患者の生命及び身体の安全を確保すべき義務(安全確保義務)を負うか否か
②本件において上記安全確保義務に違反するか否か
(3)裁判所の結論
①・・肯定
②・・肯定
(4)裁判所の判断の概要
①について
診療契約と送迎契約が一体となった無名契約に付随する信義則上の義務として安全確保義務が認められる。
②について
当該患者の年齢,身体状況に加え,送迎の際に存在する転倒の危険に鑑みれば,本件医療機関は、安全確保義務を果たすべく,通院するため患者を送迎するにあたっては,同人の移動の際に常時介護士が目を離さずにいることが可能となるような態勢をとるべき契約上の義務を負っていた。
本件医療機関は,本件事故当時,患者を送迎する送迎バスに乗車する介護士として,運転手を兼ねた介護士1名しか配置しなかった。
本件医療機関としては,当該介護士に対して,送迎バスが停車して患者が移動する際に同人から目を離さないように指導するか,それが困難であれば,送迎バスに配置する職員を一名増員するなど,本件事故のような転倒事故を防ぐための措置をとることは容易に行うことができたはずである。
したがって,本件においては,それらを怠っており,安全確保義務違反が認められる。
3 まとめ
以上の裁判例は,高齢者が転倒しやすいことに鑑み,高齢者に対する特別の注意義務を認め,あるいは注意義務を加重した裁判例と評価されています。
したがって,高齢者の患者を多く診ている医療機関においては,これらの裁判例を念頭に置きながら医療体制を整え,日々の診療を行う必要があります。
弁護士 髙橋 健