家屋の損傷と慰謝料請求の可否
■ポイント
1.物損の場合には慰謝料請求は原則認められない。
2.例外的に目的物が被害者にとって特別の愛着をいだかせるようなものである場合や、加害行為が害意を伴うなど相手方に精神的打撃を与えるような仕方でなされた場合など、被害者の愛情利益や精神的平穏を強く害するような特段の事情がある場合には、物損であっても慰謝料請求が認め得る。
3.家屋の損壊のケースでは、慰謝料請求が10万円~50万円程度の慰謝料を認める裁判例が散見される。
4.もっとも、物損の例外要件を適用した上で慰謝料請求を認めるものではなく、家屋損壊によって生活利益が侵害されたことによる精神的損害として認められている傾向にあるため、主張する際は、「特別な愛着」にこだわり過ぎず、生活利益の侵害等の諸要素に力点を置くのが望ましい。
1.はじめに
交通事故の中でも少し特殊なケースになりますが、交通事故を起こして、車両が事故現場付近の家屋に突っ込み家屋を損傷させたケースについて考えてみたいと思います。
このようなケースの場合、もちろん家屋の修理費用を損害として請求することができますが(なお、修理費用としてどの程度の修理費用を請求することができるのかという点は、経済的全損の考え方や、修理によって家屋の耐用年数が増加する場合等で被害者が事故を契機に損害の回復以上の利益を得るのではないかという観点から、議論があるところではありますが、この問題については別途検討をしたいと思います。)、このようなケースでは、「念願のマイホームを建てたところだったのに・・・」、「先祖伝来の大切な家が・・・」等、家に対する様々な感情から、被害者としては、加害者に慰謝料を請求したいと考えることも珍しくありません。
それでは、このようなケース(人損は発生していないことが前提です。)において、慰謝料を請求することはできるのでしょうか。
2.物損と慰謝料
家屋も法律上は「物」として扱われるため、家屋の損壊は物損の一類型となります。
そのため、物損の場合の慰謝料請求の可否が問題となりますが、裁判例上、物損の場合には、原則として慰謝料請求は認められておらず、例外的に目的物が被害者にとって特別の愛着をいだかせるようなものである場合や、加害行為が害意を伴うなど相手方に精神的打撃を与えるような仕方でなされた場合など、被害者の愛情利益や精神的平穏を強く害するような特段の事情がある場合に限定されています。
■平成1年3月24日/東京地方裁判所/判決/昭和63年(ワ)9809号:交通事故民事裁判例集22巻2号420頁
「不法行為によって財産的権利を侵害された場合であっても、財産以外に別途に賠償に値する精神上の損害を被害者が受けたときには、加害者は被害者に対し慰藉料支払の義務を負うものと解すべきであるが、通常は、被害者が財産的損害の填補を受けることによって、財産権侵害に伴う精神的損害も同時に填補されるものといえるのであって、財産的権利を侵害された場合に慰藉料を請求しうるには、目的物が被害者にとって特別の愛着をいだかせるようなものである場合や、加害行為が害意を伴うなど相手方に精神的打撃を与えるような仕方でなされた場合など、被害者の愛情利益や精神的平穏を強く害するような特段の事情が存することが必要であるというべきである。」(具体的な結論としては、特段立証もなく請求自体失当と判示されています。)
■平成15年8月4日/東京地方裁判所/判決/平成14年(ワ)9377号等:交通事故民事裁判例集36巻4号1028頁
「原告は、アウディ九〇―二・三Eの中でも特別限定車とされる被害車両に強い愛着を持ち、相当の費用を掛けて保守・整備を行っていたこと、本件において、加害者本人から原告に謝罪がされたことはないこと等の事実が認められるが、このような事情が存在するだけでは、財産的権利の侵害を理由に慰謝料を請求することはできないと解すべきである(本件の交渉過程について、被告ら側に特段責められるべき点のないことは、後記のとおりである。)。」
3.家屋の損壊と慰謝料請求
家屋の損壊も物損であることに変わりなく、家屋の損壊そのものに対して慰謝料請求をすることはやはり原則として認められていません。
しかしながら、以下のとおり、家屋が損壊した場合には、被害状況、事故発生状況、生活上の不便の発生、被害者の年齢、復旧までの期間、加害者の復旧への協力態度、交渉経緯等を加味した総合考慮の中で、10万円~50万円程度の慰謝料が認められている裁判例も存在します。
もっとも、家屋の損壊に関して認められている慰謝料は、純粋に、物損の場合の例外要件である、「目的物が被害者にとって特別の愛着をいだかせるようなものである場合や、加害行為が害意を伴うなど相手方に精神的打撃を与えるような仕方でなされた場合など、被害者の愛情利益や精神的平穏を強く害するような特段の事情」が存在することを認定した結果というものではなく(すなわち、端的に、家屋損壊それ自体による精神的苦痛が認められると判示する裁判例は見当たりません。)、家屋損壊によって生活利益が侵害されたことによる精神的損害として認められている傾向にある点には注意が必要であり、家屋損壊に基づく慰謝料請求を行う場合には、「特別の愛着」にこだわりすぎず、生活利益の侵害を中心とする諸要素を整理し、主張していくことが肝要になると思われます。
■平成15年7月30日/大阪地方裁判所/判決/平成13年(ワ)13927号:交通事故民事裁判例集36巻4号1008頁
「原告建物の表玄関部分を損壊され、被告との損害賠償交渉が難航したことも相まって、原告晴雄らは、年末年始を含む一か月以上にわたって、表玄関にベニヤ板を打ち付けた状態で過ごすことを余儀なくされ、それによって、生活上及び家業上の不便を被ったことが認められ、これらによる精神的苦痛に対する慰謝料としては、二〇万円が相当である。」
■平成13年6月22日/神戸地方裁判所/判決/平成12年(ワ)268号:交通事故民事裁判例集34巻3号772頁
「本件家屋の損壊の程度に加え、原告らは長年住み慣れた本件家屋を離れて、約半年間もアパート暮らしを余儀なくされたのであって、特に老齢の原告の心労や生活上の不便、不自由さは相当なものであったと考えられること、原告が借財をして本件修復工事をするなど本件事故の事後処理に奔走したこと、その他諸般の事情を考慮すれば、原告らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、各三〇万円が相当である。」
■平成8年9月19日/岡山地方裁判所/判決/平成6年(ワ)1182号:交通事故民事裁判例集29巻5号1405頁
「本件事故による建物や庭の被害の程度、その他本件に表れた諸般の事情を考慮すると、本件事故によって原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、五〇万円が相当である。」
※諸般の事情としては、「反訴被告会社がなした補修工事は一応の応急的なものにすぎず、未だ右補修工事をもつて損害の回復が十分になされているとはいえない」といった事情も認定されている。
■平成1年4月14日/大阪地方裁判所/判決/昭和62年(ワ)7452号:交通事故民事裁判例集22巻2号476頁
「本件事故は店舗兼居宅として使用されている本件建物に被告運転の加害車両が突入したものであり、まかり間違えれば人命の危険も存したうえ、家庭の平穏を侵害されたことによる有形・無形の損害は、前記の財産的損害の填補のみによっては償いきれないものがあるというべきである。右のほか、証拠上認められる諸般の事情を斟酌すれば、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料として、三〇万円を認めるのが相当である。」
■昭和50年12月15日/東京地方裁判所八王子支部/判決/昭和48年(ワ)342号:交通事故民事裁判例集8巻6号1761頁
「原告は本件事故当時本件加害車が、直接とびこんだ原告家屋の四畳半の部屋の隣室(同じく本件道路に面している部屋である。)で小学校二年生の長男とともに就寝中であった(前記認定のように本件事故が発生した時刻は午前六時ごろである。)こと、本件事故により原告家屋の扉に開閉できなくなる部分も生じたりして生活的にかなり不便を生じたことが認められる。ところで早朝就寝中居住家屋へ砂利を満載した大型貨物自動車にとびこまれた場合に生活の平穏が侵害された居住者が受ける精神的ショックの大きさは推測するのに難くなく、また本件事故による家屋損壊中に蒙った原告の生活上の不便は単に扉に開閉不能の部分が生じた程度に止らなかつたことは容易に推認できるのであり、これらによって受けた精神的損害はもとより家屋が修復されたことにより回復されるものではないから、家屋損壊による損害とは別個に、本件事故と相当因果関係にあるものとして賠償の対象となるというべきであり、本件の場合右精神的損害に対する慰藉料は金一〇万円をもって相当とする。なお被告吉田商店および同東京都は右慰藉料請求が物損によるものとしてその相当性を争うが、右認定のとおり原告が受けた精神的損害は家屋損壊それ自体による精神的苦痛ではなく、本件事故およびそれに基く家屋損壊によって生活利益が侵害されたことによる精神的損害であるから右主張は採用できない。」
以上
(弁護士 武田雄司)