症状固定後の将来の治療費を請求することができるか

  • 武田 雄司
  • 後遺障害
  • 頭部
  • 因果関係

■ポイント

1.一般論としては症状固定日より後の治療費は相当因果関係が認められないものとして損害賠償請求が否定されるケースが多い。

2.被った傷害の内容によっては、引き続き保存的治療が必要であったり、リハビリテーションが必要であったり、将来の再手術等が必要であったりする等、必要かつ相当な内容であれば、事故と相当因果関係が認められる損害として、損害賠償請求が認められうる。

3.実例は相当数の裁判例があり一例として次のようなケースがある

①症状固定後引き続き行われた保存的治療の治療費が損害として認められたケース(3.1)

②症状固定後の義足作成のための通院、再入院の治療費が損害として認められたケース(3.2)

③症状固定後に行なうリハビリのための入院費等を損害として認めたケース(3.3)

④将来の人工骨頭置換手術及び状況確認のためのレントゲン撮影費用を損害として認めたケース(3.4)

⑤将来実施するインプラント治療費等を損害として認めたケース(3.5)

1.はじめに

1.はじめに

交通事故と相当因果関係が認められる治療費については、損害賠償請求の対象となります。

この請求の対象となる治療費の典型例は、事故発生から症状固定日(=これ以上治療を続けても良くならず、治療を中止しても悪くならないと医師が判断する日)までの治療費ですが、それでは、症状固定日より後に発生する治療費は請求ができないのでしょうか。

2.一般論

症状固定日とは、これ以上治療を続けても良くならず、治療を中止しても悪くならないと医師が判断する日であり、その意味で、症状固定日より後の治療は、交通事故により被った傷害のために必要な治療ではなく、相当因果関係がないものとして、損害賠償請求が否定されるケースが多いように思われます。

しかし、交通事故で被った傷害の内容によっては、引き続き保存的治療が必要であったり、リハビリテーションが必要であったり、将来の再手術等が必要であったりする等、必要かつ相当な内容であれば、事故と相当因果関係が認められる損害として、損害賠償請求が認められています。

以下、症状固定後の治療費が認められた具体的な事例をご紹介致します。

3.具体例

3.1 症状固定後引き続き行われた保存的治療の治療費が損害として認められたケース

■平成10年10月8日/神戸地方裁判所/判決/平成6年(ワ)2405号

※交通事故により頸部捻挫の傷害を負った被害者(61歳・男性)の治療費に関する判断。

その後平成四年一一月から平成七年七月までの通院にかかる同病院の治療費については、原告において、計二三万一四三〇円を支払済である。ほぼ症状が固定したと窺われる平成六年四月以降の分を含んではいるが、改善は期待できないまでも、保存的治療としては必要であったと推定されるから、本件事故と因果関係があるものと認める。

3.2 症状固定後の義足作成のための通院、再入院の治療費が損害として認められたケース

■平成2年7月25日/名古屋高等裁判所/民事第3部/判決/昭和64年(ネ)6号…等

※右大腿部切断の傷害を負った被害者の治療費に関する判断。

被害者は、昭和五三年八月一四日症状が固定してT病院を退院したが、その後も義足を作製するために同病院に通院していたところ、右大腿切断部に再び瘻孔が生じたために、昭和五四年三月三日同病院に再入院して同月一七日に退院し、その後も義足を作製する必要 上、同病院に通院したのであるから、症状固定後の治療費も本件交通事故と相当因果関係のある損害というべきである。

3.3 症状固定後に行なうリハビリのための入院費等を損害として認めたケース

■平成26年9月12日/神戸地方裁判所/第1民事部/判決/平成25年(ワ)250号…等

※左股関節脱臼骨折、左足関節挫創、左大腿部挫創、左恥骨異所性骨化等の傷害を負った被害者の治療費に関する判断。

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により左股関節脱臼骨折、左足関節挫創、左大腿部挫創、左恥骨異所性骨化等の傷害を負い、次のとおり入通院治療を受け、平成23年1月24日症状固定の診断を受けたこと、症状固定後も立位保持・歩行のためEセンターに入院して装具を装着したリハビリを行わなければならなかったこと、治療費として、C病院●万●●円、D病院●万●円、Eセンター●万●円、装具装着リハビリ入院費用(Eセンター。ただし、文書料●円を除く。)●万●円、F薬局●万●円の合計●万●円を要したことが認められる(なお、装具装着リハビリ入院費用は、症状固定後の医療関係費であるが、前記のとおり、立位保持・歩行を可能にするために必要なものであったから、本件事故の損害として認めるのが相当である。)。

3.4 将来の人工骨頭置換手術及び状況確認のためのレントゲン撮影費用を損害として認めたケース

■平成23年11月18日/さいたま地方裁判所/第2民事部/判決/平成20年(ワ)1108号

※大腿骨頸部骨折の傷害を負った被害者(事故当時35歳・女性)の治療費に関する判断。

原告は、本件事故により左股関節人工骨頭置換手術を要したところ、人工骨頭の耐用年数は約15年間であり、原告の事故当時の平均余命が51.52歳であるため、原告は、将来において3回の同手術を要することとなる。この手術費は、本件事故後の同手術のために要した入院費と認められる●万●円と同額となることが推認される。これをライプニッツ方式により現価計算すると●万●円となる。

原告は、人工骨頭の状況確認のために年3回のレントゲンによる画像診断を要し、その診断料の平均は●円であると認められ、これを将来の約95回として現価計算すると●万●円となる。

3.5 将来実施するインプラント治療費等を損害として認めたケース

■平成24年2月28日/仙台地方裁判所/第3民事部/判決/平成23年(ワ)615号

※顔面多発裂傷、顔面骨多発骨折、歯牙(3歯)欠損の傷害を負った被害者(13歳・男性)の治療費に関する判断。

① インプラント治療費について

証拠(略)によっても原告に対するインプラント治療は相当であるとの意見が述べられており、原告の歯牙欠損の障害に対する治療としてインプラント治療は相当と認められる。これに対し被告は、他に選択可能な安価な治療法があると主張するが、他に選択可能な安価な治療法である義歯については異物感等が強く咀嚼力に劣る等の、同じくブリッジについては欠損歯の両側の歯を大きく削る必要がある等の各欠点に鑑みれば、いずれも原告の歯牙欠損の被害回復方法としては不十分であるから、インプラント治療が相当と言うべきである。

そして証拠(略)によりインプラント治療の費用は本件交通事故後5年間の継続治療で合計●万●円と認められるから、5年のライプニッツ係数を用いた次の計算式による上記認定額の賠償がなされるべきと判断される。

(計算式)

●万●円×0.7835=●万●円

② 矯正治療費について

原告が本件交通事故により歯牙欠損の障害を受け、その治療としてはインプラント治療が相当であることは、以上までに認定したとおりであるところ、証拠(略)により、インプラント治療を実施する前提として矯正治療が必要であることが認められる。したがって、本件交通事故と矯正治療とは相当因果関係がある。

そして、矯正治療費としては、証拠(略)により、上記認定額の賠償がなされるべきと判断される。

③ 将来のインプラント更新費について

インプラント本体の耐用年数については、10年~15年は確実で、現在は20年はもつだろうと考えられている旨の意見が述べられていることからすれば、メンテナンスを継続して行うことを前提として、インプラント本体の耐用年数を20年とするのが相当と認められ、そうすると、原告が本件交通事故から5年後の18歳時点で初回のインプラント植立がなされるとすれば、25年後及び45年後の2回のインプラント更新の必要性があると認められる。

そして、証拠(略)によりインプラント更新1回の費用は●万●円と認められるから、25年及び45年の各ライプニッツ係数を用いた次の計算式により、●万●円が認められる。

(計算式)

●万●円×(0.2953+0.1112)=●万●円

さらに証拠(略)により、インプラントのうち上部補綴(樹冠)部位については、上記更新とは別個にもう1回、交換を必要とする蓋然性が高いこと及びその時期について本件交通事故から20年後(初回のインプラント植立から15年後)を想定するのは妥当であることが認められる。

そして、証拠(略)により上部補綴(樹冠)部位の交換1回の費用は●万●円と認められるから、20年のライプニッツ係数を用いた次の計算式により、●万●円が認められる。

(計算式)

●万●円×0.3768=●万●円

④ 将来のインプラントメンテナンス費について

証拠(略)には、インプラントを所期の年数もたせるには定期的なメンテナンスが必要である旨の意見が述べられており、したがって、将来のインプラントメンテナンス費は、本件交通事故と相当因果関係を有すると認められる。

そして、証拠(略)により1年間の費用は●万●円と認められるから、本件交通事故から平均余命までの66年のライプニッツ係数(年金現価)及び初回のインプラント植立までの5年のライプニッツ係数(年金現価)を用いた次の計算式により、上記認定額の賠償がなされるべきと判断される。

(計算式)

●万●円×(19.2010-4.3295)=●万●円

被告は、健全歯においてもメンテナンスは必要となるとして、賠償は否定されるべきである旨主張するが、健全歯のメンテナンスと人工物たるインプラントのメンテナンスとを同列に扱うことはできず、将来のインプラントメンテナンス費は賠償の対象となると言うべきである。

以上

(弁護士 武田雄司)