【交通事故法務の基礎知識⑥】損益相殺とは

  • 野田 俊之
  • 休業損害

今回は,前回の知恵袋で解説させていただいた過失相殺と同様,損害を減額する方向に作用する損益相殺という制度について,解説させていただきます。

 

損益相殺」とは,交通事故の被害に遭ったとき,被害者が交通事故により治療費や修理費等の損害を被ると同時に,その交通事故によって何らかの利益を得た場合に,その利益を損害賠償額から控除する制度です。

これは,民法上の不法行為を理由とする損害賠償制度は,交通事故により被害者に生じた不利益を埋め合わせるためのものであって,被害者が交通事故によりそれ以上の利益を獲得することは許されないとの考慮に基づく制度です。

 

そして,この損益相殺の制度は,例えば,交通事故により,被害者の方が亡くなってしまったときに,ご遺族が生命保険金を受け取った場合に,この生命保険金を損害賠償額から控除すべきかどうかというような形で問題となります(なお,後述の通り,生命保険金については,損害から控除されないと考えられています)。

 

もちろん,被害者又はそのご遺族が交通事故により受け取った利益のすべてが損害賠償額から控除されるわけではありません(理論上は,①被害者に生じた利益が交通事故を原因として生じたものであること,②被害者に生じた利益が損害と同質性を有するものであることという要件を満たす場合に,損益相殺が認められると考えられています)。

 

以下では,裁判例上,①損益相殺が肯定され,損害から控除されたもの,②損益相殺が否定され,損害から控除されなかったものをいくつか紹介させていただきます。

 

①肯定例―損害から控除されたもの

・受領済の自賠責損害賠償額(最判昭和39年5月12日民集18・4・583)

・受領済の各種社会保険給付(例えば,厚生年金保険法による遺族厚生年金(最判平成16年12月20日判時1886・46),労災保険法による休業補償給付金・療養補償給付金(大阪地判平成12年2月21日),健康保険法による傷病手当金(名古屋地判平成15年3月24日判時1830・108)等)

 

②否定例―損害から控除されなかったもの

・生命保険金(最判昭和39年9月25日民集18・7・1528)

・傷害保険金(京都地判昭和56年3月18日交民)

・労災保険法による休業特別支給金,障害特別支給金等の特別支給金(最判平成8年2月23日判時1560・91)

・社会儀礼上相当額の香典・見舞金(大阪地判平成5年3月17日交民26・2・359等)

 

以上の通り,損益相殺については,被害者が交通事故によって得た利益がどのような性質のものかによって,損害から控除されるか否かについての判断が分かれています。

 

また,損益相殺が肯定され,損害の控除がなされる場合においても,どの損害項目から控除すべきかという点や,損益相殺だけでなく,被害者に過失も認められる場合に,過失相殺と損益相殺のいずれを先にすべきかという点が問題となることがあります。

 

具体的な事案において,損益相殺が認められるかどうかについては,一度弁護士に相談されることをおすすめします。

 

弁護士 野田 俊之