ペットが交通事故に遭ったら

  • 野田 俊之
  • 損害賠償
  • 慰謝料

ペットを飼われているご家庭では,ペットを散歩に連れて行ったり,ペットを車に乗せて外出されたりすることもあるかと思います。

そんなとき,ペットが交通事故に巻き込まれて亡くなったり,怪我を負った場合,加害者に対して,どのような責任を追及することができるでしょうか?

1 ペットの法律上の扱い

ペットは,家族の一員のように,かけがえのない存在として,扱っておられる方も多いのではないかと思います。

そうである以上,ペットが交通事故に巻き込まれたことによって,亡くなったり,怪我を負った場合には,加害者に対して,人間が被害を受けたときと同じような責任を追及したいと思われるのではないでしょうか。

しかしながら,現在の日本の法律においては,ペットは「物」として扱われているため,ペットが交通事故により被害を受けた場合であっても,人間が被害を受けたときと同程度の責任を追求することができるわけではありません。

それどころか,後述の通り,基本的には,ペットが「物」であることを前提とした責任しか認められないというのが現状です。

もっとも,後述2の通り,こうした考え方は,ペットに対する価値観の変化に応じて,少しずつ変化が見られるところであり,今後さらに変わっていく可能性もあるところだと考えています。

2 民事上の責任

上述の通り,現在,ペットは,法律上「物」として扱われておりますので,当然,ペット自ら加害者に対する損害賠償を請求することはできず,ペットを所有する飼い主の権利(ペットという「物」に対する所有権)が侵害されたものとして,飼い主から加害者に対して,損害賠償を請求することとなります。

そして,飼い主が加害者に対して,ペットが交通事故によって被った損害賠償を請求する場合,どこまでの損害が認められるか,つまり,ペットのための治療費や葬儀費,慰謝料といった損害が認められるかということがしばしば問題となります。

(1)基本的な考え方

法律上,ペットも「物」として扱われる以上,交通事故によって自動車などの物が損傷した場合と同様に,ペットの時価相当額までしか損害賠償が認められないというのが基本的な考え方となります。

そのため,交通事故によって怪我をしたペットのために高額の治療費を支出したとしても,交通事故によってペットが死亡したとしても,その損害賠償額はペットの時価相当額が上限となるということもあり得ます(なお,ペットの時価については,ペットの購入代金が1つの目安となると思われます)。

また,交通事故によって物が損傷した場合,原則として,慰謝料は認められていませんので,交通事故によってペットが被害を受けた場合であっても,慰謝料が認められないというのが基本的な考え方となります。

(2)ペットに対する特別の考慮

しかしながら,近時,ペットに対する価値観が変化し,ペットも家族の一員であるかのように扱われることが少なくないことから,交通事故によってペットが被害を受けた場合には,特別の考慮がなされることがあります。

ここでは,このような考慮をした裁判例として,名古屋高判平成20年9月30日交民41・5・1186を紹介いたします。

〈事案〉

飼い主の運転する車両に加害者が運転する車両が追突したことによって,飼い主の車両に乗っていた飼い犬が傷害を負ったという交通事故について,飼い主が加害者に対し,飼い犬の治療費や慰謝料等の損害賠償を請求したというものです。

〈判旨〉

・治療費等について

「一般に,不法行為によって物が毀損した場合の修理費等については,そのうちの不法行為時における当該物の時価相当額に限り,これを不法行為との間に相当因果関係のある損害とすべきものとされている。

しかしながら,愛玩動物のうち家族の一員であるかのように遇されているものが不法行為によって負傷した場合の治療費等については,生命を持つ動物の性質上,必ずしも当該動物の時価相当額に限られるとするべきではなく,当面の治療や,その生命の確保,維持に必要 不可欠なものについては,時価相当額を念頭に置いた上で,社会通念上,相当と認められる限度において,不法行為との間に因果関係のある損害に当たるものと解するのが相当である。」として,治療費,入院雑費,介護用具代として,ペットの購入代金である6万5000円を超える計13万6500円の損害賠償を認めました。

・慰謝料について

近時,犬などの愛玩動物は,飼い主との間の交流を通じて,家族の一員であるかのように,飼い主にとってかけがえのない存在になっていることが少なくないし,このような事態は,広く世上に知られているところでもある(公知の事実)。そして,そのような動物が不法行為により重い傷害を負ったことにより,死亡した場合に近い精神的苦痛を飼い主が受けたときには,飼い主のかかる精神的苦痛は,主観的な感情にとどまらず,社会 通念上,合理的な一般人の被る精神的な損害であるということができ,また,このような場合には,財産的損害の賠償によっては慰謝されることのできない精神的苦痛があるものと見るべきであるから,財産的損害に対する損害賠償のほかに,慰謝料を請求することができるとするのが相当である。」とした上で,具体的な事案においては,子どものいない飼い主らが飼い犬を我が子のように思って愛情を注いで飼育していたという事情を考慮して,飼い主1人につき20万円の慰謝料を認めました。

以上の通り,上記名古屋高裁判決は,ペットが飼い主にとってかけがえのない存在であることを考慮して,ペットの時価相当額を超える治療費等の損害賠償を認め,かつ,慰謝料の損害賠償を認めており,裁判例上も,ペットが単なる「物」ではなく,飼い主にとってかけがえのない存在であることに特別の考慮がなされていると言うことができます。

そして,今後も,上記名古屋高裁判決のような,ペットと飼い主の特別な関係を考慮した判断がなされるのではないかと考えております(交通事故に関する裁判例ではないものの,このようなペットと飼い主との関係について言及した裁判例として,東京地判平成24年7月26日があります。)。

3 刑事上の責任

交通事故によって,被害者の方が死亡したり,傷害を負った場合,加害者が,過失運転致死傷罪や危険運転致死傷罪等の刑事責任を問われることがあります。

しかしながら,ペットについては,上述の通り,法律上「物」として扱われているために,仮に,交通事故によって,死亡したり,傷害を負ったとしても,加害者にこれらの罪が成立することはありません。

ペットが死亡したり,傷害を負った場合,加害者に対しては,器物損壊罪(刑法261条)又は動物愛護管理法に定められた動物虐待罪(同法44条)が成立する可能性があります。

しかしながら,器物損壊罪は,故意犯,つまり,わざとペットを殺害したり,傷つけたような場合にのみ成立する犯罪ですので,交通事故のように,加害者の過失によってペットが死亡したり,傷害を負った場合には,成立しません。

同様に,動物虐待罪も,「愛護動物をみだりに殺し,又は傷つけた」場合にのみ成立する犯罪ですので,交通事故の場合には成立しません。

したがって,交通事故によって,ペットが死亡したり,傷害を負った場合,加害者に対して刑事上の責任を問うのは難しいのが現状と言わざるを得ません。

弁護士 野田 俊之