休業しているにもかかわらず,会社から役員報酬や給与が支払われている場合

  • 松本 政子
  • 休業損害
  • 訴訟裁判
  • 会社役員

-反射損害,肩代わり損害

被害者が交通事故により傷害を負い,休業を余儀なくされたという場合において,役員報酬や給与の支給が停止されているような場合は,事故がなければ得られていたはずの報酬を得られなくなったことを理由に,休業損害として,被害者が,加害者等の賠償義務者に対して損害賠償請求をすることができます。

これに対し,休業しているにもかかわらず,会社から役員報酬や給与が支払われている場合があり,この場合,被害者には,通常,「事故がなければ得られていたはずの報酬を得られなくなった」という事情がないため,上記と異なり,賠償義務者に対して損害賠償請求をすることはできません。

しかし,会社の立場からすると,被害者から労務提供を受けられなかったにもかかわらず,給与又は報酬のうちの利益配当の部分を除いた労務対価に相当する部分を支払っていることになるため,交通事故により無駄な支出を余儀なくされたといえます。

したがって,この場合,支払った役員報酬や給与については,いわゆる反射損害,肩代わり損害と言われ,会社はその加害者に対し賠償請求できるとされています(もっとも,役員報酬については,労務の対価の範囲がどの程度なのかが問題となりえます。これについては,別の知恵袋で改めて検討致します)。

-裁判例

裁判例では, 原告会社が,同じく原告である被害者Xが通院等に要した6日間は会社の業務に従事しなかったのに給与を支払ったことから,右支出分の損害を受けたと主張した事案において,

「原告会社は,被害者が約7割の株式を有する資本金1575万円の同族会社であって,建材の販売,舞台美術,インテリア内装関係等を業とし,従業員約30名を舞台美術部,総務部等9部門に配置する,年商13億円ないし14億円の会社であること,同会社の代表取締役社長である原告Xは,取引先の開拓,維持を率先して行い,平成元年度は960万円の給与を得ていたこと,平成元年4月から始まる事業年度及び平成2年4月から始まる事業年度には,いずれも合計290万円の配当を実施していること,本件事故のあつた平成2年度も原告Xに対し通院による休業を理由に減給しなかつたことが認められる。このように,原告会社は,原告Xの通院日は,同原告から労務の提供を受けていないにもかかわらず,同原告に対し減給することなく,従前の給与を支払つたのであり,それは,原告Xが休業損害として被告らに対し請求し得るものを肩代わりして支払ったということができる。」

「ところで,原告会社が原告Xの休業にもかかわらず減給しなかつた理由を端的に知る証拠はないが,前示のとおり原告会社は原告Xが約七割の株式を有する同族会社であり,また,同原告が原告会社の代表取締役であることから,これらの原告同士の特別な関係に基づき,原告X及びその家族が事故前と同様の生活を維持・継続するために右の措置を講じたものと推認され,原告会社は,原告Xの傷害のため,出捐を余儀なくされたものということができる。そうすると,右出捐は原告会社にとつて損害ということができ,右のような原告同士の特別な関係や,原告Xが本件訴訟において原告会社と同一の訴訟代理人にその遂行を委任し,かつ,同原告について生じた休業損害分を被告らに対し請求していないことを参酌すると,被告の原告Xに対する加害行為と同原告の受傷に起因する原告会社の右出捐による損害との間に相当因果関係を認めるのが相当であるから,原告会社は,被告らに対し,右損害の賠償を請求することができるものというべきである(このことは,例えば,死亡事故の場合に,被害者の葬儀費用を,被害者の損害として掲げ,それを相続人が相続したとして請求することも,相続人のうち実際に葬儀費用を出捐した者が,当該個人の損害として請求することも認めているのと同旨である。)」

「そして,前示のとおり,原告Xは,平成元年度に原告会社から960万円の給与を得ており,原告会社に対する原告Xの前示の地位,貢献からすれば,その全額が労働の対価であると推認され,同原告は,被告らに対し,6日間の休業による損害賠償として,少なくとも原告会社主張の一日当たり2万6310円,合計15万7806円を請求し得るから,原告会社は,同額の金員の出捐を余儀なくされたものということができ,これを被告らに対し請求し得ることとなる。

としたものなどがあります(東京地判平成5・12・14交民26巻6号1509頁)。

以上より,具体的事案において,被害者が事故により休業を余儀なくされたにもかかわらず,会社が役員報酬又は給与を支払っているような場合は,被害者のみならず,会社を原告として示談交渉や訴訟を提起することを検討する必要があります。