政府保障事業について――ひき逃げにあった場合及び加害者が自賠責保険未加入の場合

  • 玄 政和
  • 無保険

 

第1 はじめに

 

日本では,自動車への自賠責保険(共済)の加入を義務付けることにより,自動車事故の被害者救済を図ろうとしていますが,無保険車による事故や,ひき逃げ事故にあった被害者は,自賠責保険からの支払いを受けることはできません。このような場合に,被害者が一切救済されないとなると酷であるため,自賠法71条以下では,政府による保障事業に関する規定が置かれています。

 

第2 保障の内容

 

政府から支払いを受けられる対象と限度額は,自賠責保険と同じであり,人身事故のみが対象となり,物損事故は対象となりません。また,支払限度額は,傷害については120万円,後遺障害についてはその程度(等級)に応じて75万円から4000万円,死亡事故については3000万円です(自動車損害賠償法施行令20条)。

 

第3 自賠責保険と異なる点

 

政府保障事業は,他の制度によって救済されない被害者を保護するための最終的な制度ですので,自賠責保険金等の支払いと比べ,次のような取扱いの違いがあります。

 

1 他の社会保険等による給付との調整

 

被害者が他の法令に基づく災害補償給付(労災保険給付,健康保険給付,介護保険給付等。自賠法施行令21条参照)を受けることができる場合は,その限度で保障を受けることができません。また,労災保険給付などの社会保険による給付は,被害者の慰謝料へは充当されない(自賠責や加害者等へ,別途全額請求が可能)とするのが通説・判例(最判昭和58・4・19,最判昭和62・7・10)ですが,政府保障事業の場合は,労災等から支給を受けた全額について,保障事業からの支払金額から控除されてしまいます。

 

2 損害賠償との調整

 

無保険車の運転者等の損害賠償義務者から損害賠償金の支払いを受けたときは,その限度で,保障事業からの支払いを受けることができません。被害者が損害賠償義務者から人身損害に関する支払いを受けたときは,名目のいかんを問わず,その限度で填補を受けられない(支払いに相当する額が控除される)のが原則です。これに対し,賠償義務社から物損に関する支払いを受けた場合は,政府保障事業からの支払額には影響しません。

 

3 重過失減額はなし

 

自賠責保険では,被害者側の過失が7割以上認められる案件でなければ,過失による支払金額の減額はありません(重過失減額)。これに対し,政府保障事業については,自賠責保険と異なり,被害者へ支払った金額を,加害者に対して求償していく(被害者に対して立て替えた金額を加害者に対して請求する)ことが予定されているため,政府は,被害者に対して,被害者側の過失を主張できるとされています。したがって,政府保障事業においては,自賠責保険と異なり,被害者の過失について,重過失減額は採用されておらず,被害者の過失が少しでもあれば,その分の損害については差し引かれて,保障額が決定されます。

 

4 その他

 

・親族間で加害者,被害者となる事故については,原則として保障を行わないものとされています。ただし,親族間の事故であっても,加害者が死亡し,被害者である遺族が加害者の相続について相続放棄(民法915条)をしているなど特段の事情がある場合には保障が行われます(運輸省自動車局長発通達・昭和47・10・28自保241号の2)。

 

・複数の加害車輌のうち1台でも自賠責保険等に加入している車輌があれば,政府保障事業からの損害の填補は受けられません。また,複数の無保険車輌又はひき逃げ車輌のみによる事故の場合であっても,保障は1車輌分の支払限度額内で行われます。

 

第4 保険金の請求手続等

 

政府保障事業からの保障を受けようとする場合の手続等については,http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/accident/nopolicyholder.html#seifuをご参照下さい。

 

政府保障事業の請求から支払いがなされるまで,平均処理期間としては,ひき逃げ事故が約4か月,無保険事故は約7か月前後とされています(http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/info/qa/security/answer12.html)。また,政府保障事業に対する被害者の保険金請求権は,2年で時効により消滅することとなっています(自賠法75条)ので,ご注意下さい(時効の起算日は,傷害に関する損害は事故日から,後遺障害に関する損害については症状固定時から,死亡事故の場合は死亡時からとして運用されています)。