残価設定型ローン完済前に生じた事故により発生した評価損の請求権者
残価設定型ローン完済前に生じた事故により発生した評価損の請求権者
弁護士 武田雄司
■ポイント
1.裁判例でも考え方が分かれている。
2. 残価設定型ローン契約では、立替金完済までの間、車の所有権はローン会社に留保され、使用者ではない。評価損は、事故により車両の市場評価額が下落した分を捉えて請求するところ、立替金完済前の段階では、交換価値を把握している留保権者に損害が生じるのに対し、使用利益を把握しているにすぎない立場の使用者には損害が生じていないと考えることが論理的結論⇒債権譲渡を受ける場合は別論、使用者は請求できないという結論も考えうる。
3.買い取りを選択していた事案については、既に買い取りを選択していた被害者が、事故が生じたからといって、選択の変更を強制されるいわれはなく、評価損の請求を認める裁判例も存在する。
4.さらに進んで、留保権者が自動車の売主ではなく、立替払いを行った信販会社であるような場合、当初から評価損に係る損害賠償請求権を自らに帰属させ、行使することについてはさほど関心を持っておらず、その点については使用者の権利行使に事実上委ねる意向を有しているといえることから、使用者に評価損の請求を認める裁判例も存在する。
1.はじめに
車の販売形態は様々ですが、残価設定型自動車ローンを組んで購入することもメジャーになりつつあるところではないでしょうか。
ここで、残価設定型自動車ローンとは、車両価格の一部をあらかじめ残価(=3年後の下取り価格)として据え置き、残りの金額を分割払いし、3年後に残価を支払うか車両を下取りに出すことで完済するかを選択することができるローンをいいます。
この残価設定型ローンを返済中は、車両の所有者は、販売者又は信販会社に設定されており使用者ではありません。
このような状況で当該車両で交通事故を起こし物損が生じた場合、車両に発生する損害(本稿では評価損)について、誰が加害者に請求をすることができるのか検討をしたいと思います。
2.裁判例
2.1 平成23年11月30日/横浜地方裁判所/判決:交通事故民事裁判例集44巻6号1499頁
交通事故発生前に、当該車両の使用継続(=残価を支払って使用を継続する)ではなく、買い取り(=車両を下取りに出すことでローンを完済すること)を選択していた事案について概ね次のとおり判示することで、使用者が評価損の賠償をすることを認めている。
・車両の買い取り保証額が低下しているが、当該保証額の低下は、事故による損害といえる(=評価損が生じている。)。
・仮に車両を使用継続する場合には、買い取り保証額の低下は問題とならなくなるが、既に買い取りを選択していた被害者が、交通事故が生じたからといって、使用継続、すなわち、車両を下取りに出す方法でローンを完済せず、別途返済金を調達して返済する方法を選択することを強制されるいわれはない。
2.2 平成27年11月19日/大阪地方裁判所/判決/平成27年(ワ)4838号
結論としては、以下のとおり述べ使用者による評価損の請求を認容している。
・原告は、本件事故により原告車の市場評価額が下落したとして、評価損を請求するところ、立替金完済前の段階では、交換価値を把握している留保権者に損害が生じるのに対し、使用利益を把握しているにすぎない立場の使用者には損害が生じていないとも考えられる。
・しかしながら、本件のように、留保権者が自動車の売主ではなく、立替払いを行った信販会社であるような場合には、当初から評価損に係る損害賠償請求権を自らに帰属させ、行使することについてはさほど関心を持っておらず、その点については使用者の権利行使に事実上委ねる意向を有していると一般的にはいえる。
・取引上の評価損が認められる場合、実務上は修理費の一定額として認定される傾向にあるため、高額とはならないことが多い。
・したがって、こうした事情を考慮すれば、原告と株式会社Bとの間では、立替金完済前であっても、取引上の評価損に係る損害賠償請求権につき、使用者である原告に帰属させ、原告において行使するとの黙示の合意がなされていると認めるのが相当である。
3.まとめ
以上のとおり、残価設定型ローンを返済中であったとしても、使用者が加害者に対して評価損を請求することを認めた裁判例は存在するが、論理的には「交換価値を把握している留保権者に損害が生じるのに対し、使用利益を把握しているにすぎない立場の使用者には損害が生じていない」と考えることが原則であるようにも思います。
もっとも、当該理屈を前提とすると、所有権留保権者である信販会社(又は販売会社)が加害者に請求をするか、使用者(=被害者)に対して債権譲渡を行い、使用者(=被害者)が行使をするかいずれかの方法によることになりますが、さすがにいずれも現実的な方法とは思われません。
この点については、やはり、平成27年11月19日大阪地方裁判所判決の指摘するとおり、「評価損に係る損害賠償請求権を自らに帰属させ、行使することについてはさほど関心を持っておらず、その点については使用者の権利行使に事実上委ねる意向を有していると一般的にはいえる」という評価が極めて常識的な結論のように思います。
そのため、結論としては、残価設定型ローンを返済中であったとしても、使用者に評価損の賠償請求をさせることが妥当とは感じますが、「評価損に係る損害賠償請求権につき、使用者である原告に帰属させ、原告において行使するとの黙示の合意」があれば、債権譲渡の債務者対抗要件(譲渡人からの通知)を備えることなく、使用者が行使可能とする理屈については更に検討する必要があるのではないかと感じています。
以上
(弁護士 武田雄司)