従業員の犯罪行為が発覚した場合に、会社はどのようなことを検討すべきか(概略)

1 従業員が犯罪行為に及んだ場合や、従業員が逮捕された場合について

 「突然、会社に警察の捜索が入った」。

 「突然、従業員の家族から会社に連絡が入り、従業員が逮捕されたことがわかった。」

などのことにより、自社の従業員が犯罪行為に及んだことを、会社が突然知ることがあります。

 これらのことは、会社として絶対に起こってほしくはないことですが、会社に数多くの従業員がいる場合、残念ながらそれほど珍しいことではありません。

 そのような場合に、会社の役員や人事・総務部としては、どのようなことを検討する必要があるのでしょうか。

 このコラムでは、そのような場合に、会社が検討すべき主な法的な問題を、概略的に説明します。

 ただ、従業員が、どのような犯罪行為に及んだか、それがどのような事実関係か、などによって会社が検討すべき事項は千差万別であるため、会社が検討すべき法的な問題がこれらに限られるわけではないことに注意してください。

2 事実の調査、証拠の保全について

 従業員が会社の現金を横領したなどの社内犯罪については、会社側があらかじめ不正の事実を把握していたり、警察から事前に捜査への協力を求められたりして、その後、従業員の逮捕に至ることが多いため、突然、会社が従業員による犯罪行為を知るということはあまり起こりません。

 しかし、従業員が、顧客や見知らぬ第三者に対し、性犯罪に及んだり、従業員が対外的に詐欺行為などの犯罪行為に及んだ場合には、当該従業員から会社に申告はなく、警察も秘密裏に捜査を進めるため、会社に対する捜索や従業員の逮捕によって会社が初めて犯罪の事実を知るということが少なくありません。

 この場合、会社としては早急にそのような犯罪事実があったかどうかの事実の調査を進めることが望ましいと言えますが、捜索や逮捕による警察の強制捜査が始まってしまった後で、会社が被害者側に接触することは、警察に会社が罪証隠滅行為を行おうとしているなどの疑いを持たれるおそれがあるため、少なくとも、事前に警察に被害者側に接触をしていいかどうかの確認を取ったり、弁護士を代理人につけて被害者側とやりとりをすることが望ましいといえます。

 犯罪行為を行ったと疑われている従業員に対しては、通常は、被害者や他の関係者から話を聞いたり、証拠収集をした後に、それらの話や証拠に基づいて当該従業員から話を聞くことが望ましいといえます。ただ、この場合も、すでに警察の強制捜査が始まっていれば、会社が当該従業員と通謀をしたと警察に疑われないようにするために、事前に警察に、社内調査のために、当該従業員から話を聞いて良いかを確認することが望ましいといえます。

 また、従業員が、更衣室や休憩室等で、顧客や同僚の盗撮をしたという犯罪を行った疑いがある場合には、その動画や画像の保全が第一に優先すべきことになります。盗撮したスマートフォンなどの機器を当該従業員が持ったままの場合には、突然当該従業員を別室に呼び出し、その場でスマートフォンなどを提出させ、当該従業員の同意を得た上で、会社側がスマートフォンを操作して動画や画像の有無を確認することが重要です。その際、後で当該従業員から「同意をしていないのに、無理矢理スマートフォンの中を調べられた。」などと言われないために、事前に同意書を準備しておき、当該従業員に署名をさせたり、弁護士から当該従業員に対し、スマートフォンを提出するよう求めることが望ましいでしょう。

3 会社の使用者責任について

 従業員が、同僚や顧客に対して、性犯罪や障害事件を起こした場合や、社用車を使用して事故を起こした場合には、会社が、被害者から使用者責任(民法715条)を民事上追及されることがあります。

 その場合、会社としては、できる限りの事実の調査をした上で、会社が使用者責任を負う可能性が高いと思われるときは、会社として被害者と示談をする必要があるかどうかなどを速やかに検討する必要があるでしょう。

4 従業員の会社での処遇について

 従業員が犯罪行為を犯した疑いがあるということで、警察から捜索を受けたり、逮捕をされたとしても、会社は直ちに当該従業員を懲戒解雇できるわけではありません。

 まず、会社の人事・総務部としては、会社の就業規則等の各種規則を確認し

  ① 懲戒事由としてどのような事由が定められているか

  ② 従業員が行ったことは、どの懲戒事由に該当するのか

  ③ その懲戒事由が認められる場合、どのような懲戒処分を行うことができるのか

をまずはしっかりと調べる必要があります。

 ここで重要なことは、例えば、就業規則に「刑罰法規に違反した場合には、懲戒解雇とする」という定めがあったとしても、従業員が逮捕されたことをもって、直ちに懲戒解雇とすることは違法な懲戒解雇となる可能性があるということです。

 逮捕されたからといって、その従業員が犯罪行為を行った事実が確定するわけではなく、捜査の結果、不起訴となる可能性も十分にありますし、仮に従業員が犯罪を行ったことを認めている場合であったとしても、それが痴漢等の犯罪であった場合には、いきなり懲戒解雇をすることは、犯罪行為に比して懲戒処分が重すぎるとして、懲戒解雇が違法とされる可能性もあります。

 また、就業規則に、「懲戒処分をするにあたっては、当該従業員に対する告知聴聞の機会(すなわち、懲戒事由に当たると思われる事実についての当該従業員からの弁解等を聞く機会)を与えなければならない。」と定められていることも多く、さらに、就業規則に告知聴聞の機会を与えるという定めがなかったとしても、懲戒解雇等の重い懲戒処分をする場合には、告知聴聞の機会を与えなければ、懲戒処分が違法となる可能性もあり得ます。

 したがって、会社としては、可能であれば、当該従業員の弁護人を調べるなどして、弁護人から、当該従業員の供述状況を確認した上で、少なくとも当該従業員の起訴不起訴の判断がなされるまでは、懲戒処分をしないでおく、という対応が求められるケースも多いといえます。

 なお、当該従業員が逮捕され、その後に勾留されている場合には、勾留期間中は出勤しようと思っても出勤できない状態ですので、原則として、会社が出勤停止の措置などを取る必要はなく、欠勤扱いとし、ノーワーク・ノーペイの原則(給料は労働の対価として支払われるものであり、従業員が働いていない期間は、給料を支払う必要はないという原則)に従い、欠勤期間中の給料は支払う必要がないことも多いでしょう(ただし、就業規則に特別の定めがある場合や、当該従業員が弁護人を通じて有給休暇の取得を申し出た場合などは、欠勤扱いとすることができず、給料を支払わなければならないこともあります)。

5 警察対応について

 警察は、事件に関する証拠を会社が持っていると考える場合には、会社に対し、任意に、当該従業員の出勤簿やタイムカードの提出を求めたり、業務日誌などの書類の提出を求めたりすることがあります。

 もちろん任意の提出を求められた場合には、会社はそれを断ることもできますが、断った場合には、今度は警察が捜索差押令状を取得した上で、会社の中を捜索したり、会社が業務上必要な資料まで差し押さえられてしまうことがあるので、会社に特段の不利益がなければ、任意提出に応じた方が良いというケースも多いといえます。

なお、警察が五月雨式に証拠の提出を求めてくることがあり、また、当該従業員ではない他の従業員から事情聴取をしたいなどと求めてくることもあるので、警察に対する対応については、全て弁護士に任せてしまうということも、通常業務の時間を確保するために有益です。

6 マスコミ及び広報対応について

 従業員が逮捕された場合、警察が当該事件について、マスコミに発表することがあります。その際に、従業員の氏名を出すかどうか、従業員が所属する会社名を出すかどうかについては、警察とマスコミの判断によるので、基本的には会社側がコントロールすることは難しいといえます。

 ただ、一般論としては、従業員が完全に私生活上で行った犯罪について、その従業員の所属する会社名まで報道されることはそれほど多くないと言えますし、他方、その従業員が業務上で犯罪を行った場合や、社用車を使用して死亡事故等を起こしてしまった場合などは、そうでない事案に比べて会社名も併せて報道されるリスクが高まるということができます。

 マスコミによる報道がなされた場合、あるいは、マスコミによる報道がなされていない場合であったとしても、会社としては、従業員が逮捕されたことについてプレスリリースを出すかなどとを検討する必要がありますが、一般的には、従業員が私生活上の犯罪に及んだ場合に会社からプレスリリースを出す必要があるケースは少ないといえるでしょう。

7 まとめ

 以上のとおり、従業員の犯罪が発覚した場合に、会社の役員や人事・総務部が検討すべき法的問題は多岐に渡ります。どのように対応すべきか分からないという場合には、早期に弁護士等の専門家に相談するとよいでしょう。

                                                   (弁護士|公認不正検査士 伊藤亮二)

伊藤亮二

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