損害賠償請求権の消滅時効中断事由について
交通事故に基づく損害賠償請求権の消滅時効
交通事故により被害者に発生した不法行為に基づく損害賠償請求権又は自賠法3条に基づく損害賠償請求権は,交通事故の被害者又はその法定代理人が,「損害及び加害者を知った時」から3年間行使しないときは,時効によって消滅するとされています(民法724条前段,自賠法4条)。
ここにいう「加害者を知った」とは,損害賠償請求が事実上可能な程度に知ることが必要であるとされています(交通事故事案ではありませんが,最判昭和48・11・16(民集27巻10号1374頁)等)。
また,「損害を知った時」とは,被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解されています。
物損のみが発生した事案では,交通事故の日が消滅時効の起算日となる場合が多く,実務上も争いになるケースは少ないと思われます。しかし,人損事案においては,治療に長期間を要する場合には,交通事故の発生時に受傷したこと自体は明らかでも,受傷に伴う損害の全体像が明らかになるのは一定期間の治療を経た後となることがあり,また,当事者間で症状固定時期をめぐって争われるケースや,受傷時から相当期間経過後に,予期し得なかった後遺障害が現れるようなケースもあり,「損害を知った時」の解釈が問題となることがあります(今回はこの問題に詳細に立ち入ることはせず,次回以降に紹介させていただくこととします)。
消滅時効の中断事由
交通事故による損害賠償請求権の消滅時効も,請求,差押え,債務の承認その他の民法所定の中断事由(民法147条以下)があれば中断します。以下では,中断事由に当たるかにつきしばしば実務上争いとなるものについて述べることとします。
自賠責保険金の支払い
被害者が自賠法16条の規定に基づき,保険会社に対して損害賠償額の支払請求をし(いわゆる被害者請求),保険会社がこれを支払った場合に,債務の承認等に当たるものとして,被害者の加害者に対する損害賠償請求権の消滅時効は中断するか,という問題です。
この点,保険会社に対する上記損害賠償請求権と加害者に対する損害賠償請求権とは,別個の権利であり,制度上も,自賠責保険会社が,加害者の代理人的な立場にあると解することも困難であるから,自賠責保険会社に対する損害賠償額の支払の請求や,請求に応じてされた損害賠償額の支払は,それだけでは,加害者に対する損害賠償請求権の消滅時効の中断事由にはならないと一般的には解されています。
任意保険会社からの支払
実務上,任意保険会社から被害者へ直接治療費等が支払われることがありますが,こうした支払は,多くの場合,保険約款に基づき,被保険者たる加害者の同意を受けて加害者の損害賠償債務の支払を行っているものであり,加害者の代理人として被害者側へ支払うものであるといえ,代理人による債務の承認として,時効中断事由に当たるといえます。
支払が医療機関に対し直接行われる場合にも,任意保険会社は,被害者に対する関係では損害賠償債務の支払として,被害者の医療機関に対する債務を代位弁済するものと考えられるので,時効中断効が認められるものと考えられます。
示談交渉
被害者が加害者あるいは任意会社との間で示談交渉中に時効期間が徒過した場合,交渉経過において,金額に争いがあっても加害者側が賠償債務自体を認識して認めている事案では,債務の承認と認めることが可能です。これに対し,加害者側がすでに一定金額を支払済みであり,賠償義務はこれで完了していると述べているような事案では,加害者側において残債務の存在を否定しているものと解されるので,債務の承認と評価するのは困難であると思われます。
終わりに
以上の通り,交通事故により加害者に対して損害賠償請求をすることが出来る場合であっても,3年という短い消滅時効の期間が定められている点や,中断事由が定められているものの,上記のように中断事由に当たる場合と当たらない場合があるという点については,注意が必要です。交通事故に遭われた方で,保険会社とのやりとり等は進めているものの,交渉が長期化しているという場合は,時効消滅の可能性もありますので,中断のための方法等について,弁護士に相談してみるのが良いかもしれません。