スポーツ法務

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スポーツ選手の労働者性

弁護士 牧野誠司

スポーツ選手は労働者なのか?という問いには,実はすっきりした答えがありません。というのは,「ある部分のスポーツ選手は,ある意味では労働者である」というのが回答になるからです。スポーツ選手が労働者にあたるかどうかは,「その人による」「そのスポーツの業界の状況による」または,「『労働者』という言葉の意味による」ということになります。

 

たとえば,プロ野球選手で構成される選手会は,「労働者」の集まりである「労働組合としての権利を有するのか」,という意味で,「労働者」に該当するのかどうか,という質問がなされれば,答えはYESになります(東京都労働委員会から労働組合であることの認可が出されていますので,裁判所もさすがにこれに反する判断はしないであろうというのが一般的な見方です)。プロサッカー選手についても同様です。つまり,日本で最も高収入で,比較的自由度が高いと考えられるプロ野球選手とサッカー選手ですら,労働組合を構成できるという意味での「労働者」には該当すると考えられています。

 

他方で,労働基準法上の「労働者」に当たるかという問題,すなわち,残業規制(残業の禁止や割増手当の支払い義務等)や,雇止めの制限法理などが適用される「労働者」に当たるか,あるいは,労災保険の適用がある「労働者」に当たるかという意味では,プロ野球選手やサッカー選手の「1軍選手」については,これを否定する,つまりその意味での「労働者」ではない,とするのが一般的な見解です。これらの選手は,高額な報酬を受け取っており,練習の仕方や居残り練習の実施の有無,道具の取捨選択やスポンサーとの個別契約について,ある程度の裁量があるから,残業規制や雇止めの制限法理が適用されるという意味での「労働者」ではない,というように考えられています。

 

他方で,社会人野球,社会人サッカーなどの「非プロ」の選手はもちろんあらゆる意味で労働者と考えられています(したがって,残業法理や雇止めの制限法理や労災の適用もある「労働者」です)。そして,プロ野球,サッカーの2軍の選手や,例えばプロバレー選手など,プロではあるものの,報酬がさほど高額ではなく,また,その練習時間や方法についてチームから相当の指示を受けており,兼業や個別のスポンサー契約などもないといった方々についても,単に,労働組合を結成できるという意味で「労働者」というだけではなく,残業法理や雇止めの制限法理や労災の適用もあるという意味での「労働者」であるとすべきだという見解も有力に主張されています(ただ,そのような裁判例はないようです)。

 

以上のとおり,スポーツ選手は労働者と言えるのか,という質問に対しては,そのスポーツ選手がどのようなスポーツにおいてどのような立場にある選手で,どういった意味での労働者性を主張しているのか,という点により,答えは違ってくるものと考えられます。

 

とはいえ,実務上は,紛争に発展する前に,チームや企業側が,スポーツ選手に対し,その生活を守ってあげるように配慮することが重要であり,他方で,スポーツ選手側も,紛争に発展するまでは,過度に労働者性を主張せずに両者にとって利益のある解決を探るのが一般的です。

 

結局のところ,労働者かどうか,という「言葉の争い」に終始することなく,選手が怪我をした場合の生活保障はどうなるか,選手のセカンドライフはどうなるか,という個別の点について,当該スポーツの業界全体で検討し,より良い制度の構築を急ぐことが大切であると思います。

PROFILE

牧野 誠司

弁護士牧野 誠司

どのような事件に対応させていただくときでも、「牧野弁護士に依頼して良かった」と言っていただけるよう、そのご依頼者のために最良の解決を目指して努力させていただくことを日々の指針としています。

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