スポーツ法務

a professional lawyer of sports

プロスポーツ選手の公傷について

弁護士 牧野誠司

スポーツは怪我と隣り合わせの活動であり,怪我をした場合どうなるのか,という問題は,スポーツ法務の主要論点の一つです。

 

これは,アマチュアスポーツでも問題になる論点なのですが,ここでは,プロスポーツの場合に限って,お話しさせていただきたいと思います。

 

プロスポーツ選手が怪我をしてしまった場合,問題になるのは

①その治療費を誰が支払うか

②その怪我の間,プレーができない場合の給料はどうなるか

③その怪我を理由にして契約解除ができるか

④その怪我で後遺症になった場合にチームがなんらかの保障をするか

という4点になります。

 

ここで,この怪我が,「私傷」つまり,チームの練習や試合と関係のない,交通事故や,遊びでの怪我などで発生した怪我であった場合は,あまり議論がなく,①については,選手が払い,②プレーできない期間の給料は支払われず,③その怪我でプレーができない期間が長引くようであれば契約解除をされることもあり,④その怪我で後遺症が残っても,チームが責任を負うことはない,というのが普通であり,不当とも言えないでしょう。

 

問題は,この怪我が,「公傷」つまり,チームの練習や試合において選手が怪我をした場合ですが,この場合は,一般的な「常識」や「道徳心」でいえば,選手はチームのために怪我を恐れずプレーした結果として怪我をしたわけですから,①その治療費はチームが負担をし,②プレーできない期間の給料は通常通り支払われ,③その怪我を理由として契約解除されることなどありえず,④さらには,公傷で後遺症が残って将来プレーができなくなったような場合はその補償などをするべきだ,ということになるのではないでしょうか(それが一般国民の「良識」に沿った考えではないかと思われます)

 

しかし,日本で「最高ランク」にあるとされているプロ野球選手の場合は,上記の①②③についてはその通りの良識に沿った内容になっており,④についても一定の補償がされていますが,他のプロスポーツでは,④の点(怪我による将来の収入減や慰謝料など)の補償は一切ないのが普通であって,①~③の点も,不十分な例が多々見られます。

 

プロ野球選手の選手契約の規定を見てみましょう。

【①の点についての規定】

第10条

(治療費)

「選手が本契約にもとづく稼働に直接原因する障害または病気に罹り医師の治療を必要とするとき、球団はその費用を負担する。」

 

ということで,球団が治療費を負担することになっています。しかし,プロ野球以外のプロスポーツでは,「6か月の間」などという限定があったり,「チームの指示に従って」治療した場合などの限定が付される可能性があるので,交渉する選手の側としては,注意が必要です。

 

【②の点についての規定】

 

第7条

(事故減額)

「選手がコミッショナーの制裁、あるいは本契約にもとづく稼働に直接原因しない傷病等、自己の責に帰すべき事由によって野球活動を休止する場合、球団は野球活動休止1日につき第3条の参稼報酬の300分の1に消費税及び地方消費税を加算した金額を減額することができる。ただし、傷病による休止が引き続き40日を超えない場合はこの限りでない。」

 

ということで,本契約(選手契約)に基づく稼働(練習や試合)での怪我,つまり,公傷については,報酬の減額ができないことを前提としています。しかし,プロ野球以外のプロスポーツでは,公傷の場合でも給与を減額できるかのような契約を提示してくるチームもありますので,選手側としては十分な注意が必要です。

 

【③の点についての規定】

第26条

(球団による契約解除)

「球団は次の場合所属するコミッショナーの承認を得て、本契約を解除することができる。

(1)選手が本契約の契約条項、日本プロフェッショナル野球協約、これに附随する諸規程、球団および球団の所属する連盟の諸規則に違反し、または違反したと見做された場合。

(2)選手が球団の一員たるに充分な技術能力の発揮を故意に怠った場合」

 

ということで,③の点についても,なんらかの規定違反がなければ契約解除はできないこととされているので,公傷で契約解除がされることはありません(ただし,ウェーバーという手段がないではないですが,これはひとまずここでは論じません)。しかし,野球以外のプロスポーツでは,契約解除条項の中に,「プレーできなくなった場合は解除できる」というような規定があり,公傷かどうかにかかわらず解除できるとされている場合もありますので,交渉する選手側としては注意する必要があります。

 

【④の点についての規定】

 

第11条

(障害 補償)

「選手が本契約にもとづく稼動に直接原因として死亡した場合、球団は補償金5000万円を法の定める選手の相続人に支払う。

また、選手が負傷し、あるいは疾病にかかり後遺障害がある場合、6000万円を限度としてその程度に応じ補償金を選手に支払う。身体障害の程度を14等級に区分し、その補償金額を次の通りとする。

第1級6,000万円 第2級5,400万円 第3級 4,800万円 第4級 4,200万円 第5級 3,600万円

第6級 3,000万円 第7級 2,520万円 第8級 2,120万円 第9級 1,640万円

第10級1,200万円 第11級 920万円 第12級 600万円 第13級 440万円 第14級 240万円

等級は労働基準法施行規則第40条「障害補償における障害の等級」に規定された等級と同じ。」

 

以上の通り,プロ野球選手は,公傷により後遺障害を負った場合に,一定の補償がなされています。このような手厚い補償は,プロ野球選手以外には見当たりませんでしたので,まだ,しばらくの間は,このような補償を選手がチーム側に契約交渉で求めるのは,難しいというのが現状でしょう。しかし,これで十分な補償なのかといえば,たとえば,交通事故で,働き盛りの人が,第5級の後遺障害を負ったというような場合,その損害賠償金は,金3600万円ではとても足りず,金8000万円程度になるのが普通です。したがって,このような,「プロの業界での最大の補償」をしているプロ野球界の補償でも,まだまだ選手の将来の生活のことを考えると,非常に少ない補償であると言わざるを得ないところです。したがって,選手側としては,自ら任意保険に入る(あるいは選手同士の組合によって設けられた保険に入る)などといった備えをしつつ,怪我の恐ろしさをしっかり認識して,怪我をしないための準備や心構えをしておく必要があります。また,この点についての社会の認識を高めて,公傷による後遺症については,もっと良い補償が行われるような制度の構築がなされることが望ましいと言えます。怪我の可能性というのは,年収の高い選手ほど高いという関係にはなく,年収の低い選手も,怪我によって一生の負担を背負ってしまう可能性があるのですから。

 

PROFILE

牧野 誠司

弁護士牧野 誠司

どのような事件に対応させていただくときでも、「牧野弁護士に依頼して良かった」と言っていただけるよう、そのご依頼者のために最良の解決を目指して努力させていただくことを日々の指針としています。

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