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医療法務の知恵袋③

  • 髙橋健
  • 医療法務

医療法務の知恵袋③【病院の苦悩~医療費未収金は諦める?~part2】

弁護士 髙橋 健

Question

当院では、これまで入院した患者さんを中心に、お金がないなどの理由でお支払いただけていない未収の医療費が多く存在しています。このような未収の医療費を回収するためには、どのような方法がありますか。
また、今後、このようなことが起きないようにするために、有効な予防策はありますか。

Part1からだいぶ間が空いてしまいました。2部作や3部作とすれば、その後の筆も早くなろうかと思いましたが、効果は見られませんでした(○国の小窓シリーズが忘却の彼方へ追いやられている現状に、早く気付くべきでした・・・)

今回は、Part2として、医療費未収金の回収策と予防策を考えていきます。

1.回収策について

実際に医療費につき未収金が発生した場合、病院は、まず次のような手順に従ってその回収を図ることが一般的です。

(1) 交渉(裁判外での回収策)

時間も短期間でコストも安く済む方法によって医療費の回収が図れるのであれば、それで回収を図りたいものです。
ということで、まずは、後で述べます②裁判上の回収と比べ短時間でコストもかからない交渉での回収方法をとることとなります。

具体的には、入院費用等の医療費の遅滞が発覚すれば、速やかに書面で患者さん宛に請求すべきです。

滞納から何日を経過した場合は、一律に書面で請求をする等、一定のルーティンとしてしまってもよいかもしれません。

その場合の書面の内容として定型のひな形を作成しておけば、ルーティンとして書面での請求を行うとしてもそれほど負担にならないと思います。

そして、この定型のひな形を作成する際は、一度、弁護士のチェックを受けておいた方が賢明です。

なぜなら、この請求書は、法的には時効中断(医療費の未収金は支払期から3年間で時効により消滅してしまいます)のための「催告」にあたる等、一定の法的意味を有するものですし、何より弁護士は、日々、債権回収業務にあたっており、どのような内容であれば回収しやすいかを熟知しているといえるからです。

コスト面をみても、顧問弁護士がいる病院であれば、顧問料の範囲内で行ってもらえることも予想されること、また、顧問弁護士がいない病院でも請求書の文案チェックであればそれほどコストのかからない形で弁護士に依頼できると思われます。

また、書面での請求を行う場合、こちらの強い請求の意思を示すことや、あとで患者さんとの間で書面の内容で疑義等を生じさせないよう、内容証明郵便という種類の郵送方法で行うとよいでしょう。

なお、交渉段階では、書面での請求前に電話での催促を行ったり、また書面の請求後に未だ払われない場合は患者さんと面会したうえで請求することも考えられます。

面会したうえでの催促は、それを病院職員に担当させた場合、時間も労力もかかってしまい、またその回収効果もどの程度あるものか分かりませんが、後でお話する通り、保険者の強制徴収制度を発動してもらうためには、書面での請求以外にこういった回収努力をしておくことも有意義と考えられます(その際、面会による催促の詳細は、報告書等の形で書面化しておくとよいでしょう)。

(2) 裁判上の回収策

次に、上記交渉によっても未収金の回収が図れなかった場合(払う払うと言いながら一向に払ってこない場合や、そもそもの医療費の金額などに異議を唱えて払わない場合など)は、次のステップとして裁判手続を用いて回収を図ることとなります。

(もちろん、裁判手続まで行うか否かは、法的な議論とは別に、未収金の金額や、この時点で把握できている患者さんの情報(住所等)などに鑑み、費用対効果の観点から経営判断が必要なところではあります。)

裁判手続には、大きく分けると①訴訟②民事調停③支払督促の3つの手続が考えられます。

①は、裁判所に対して病院側の主張(いつ診察をしたのか、未収金額はいくらか等)や、それを裏付ける証拠を提出し、裁判所の判決をもらう手続きです。

②は、裁判所の中で話し合い解決を図る手続です。

③は、裁判所から患者さんに対し督促状(支払督促と呼ばれるもの)を発してもらう手続きです。

いずれの手続きにもメリット・デメリットがあり、一概には言えませんが、交渉を行っても払ってこない経緯に照らすと、①の訴訟手続きをとることが基本になるのではないかと思います。
そしてその場合は、手続が複雑になりがちであるため、可能であれば弁護士に依頼することをお勧めします。

(3) 保険者の強制徴収制度

(ア) 強制徴収制度とは

以上の①②は、いわば医療費かどうかに関係なく債権回収一般に通じる事柄でしたが、次の保険者による強制徴収制度は、医療費特有の回収策です。

健康保険法や国民健康保険法では(※1)、医療機関が、未収金につき一定の回収努力を行ったにもかかわらず、患者さんが医療費(一部負担金)を支払わない場合、医療機関の請求によって保険者が未収金を徴収したうえで医療機関にそれを支払う制度が定められています。

つまり、第1次的には、医療機関が一部負担金をしっかり回収する必要があるのですが、それでも回収できない場合は、保険者が医療機関に代わって一部負担金を回収する、ということが法律で定められているのです。

この際、注意が必要なのは、医療機関が一定の回収努力を行う必要があることです。

具体的には、医療費の未収が発生した日から2カ月の間に、概ね2週間に1回程度の頻度で督促(例えば内容証明郵便での請求)を行っていたり、電話や面談での督促の実施およびその記録化(書面化)などによって回収努力がなされることが必要と言われています。

もっとも、2週間に1回は内容証明郵便を郵送し続けなければならない、という趣旨であれば、弁護士の実務感覚からして少し現実離れしていると思わざるを得ません。相手方が応じないにもかかわらず内容証明郵便を何度も出し続けることなどあり得ない(効果がないにもかかわらず費用ばかりがかかる)からです。

(イ)実際上の運用について

いずれにしても、この保険者の強制徴収制度は、その建前からすれば、医療機関の手を離れて(自らの時間と費用をかけることなく)保険者において未収金の回収をしてもらえるというものであり、医療機関にとってはとても使い勝手がよさそうです。

しかし、Part1でも紹介した厚労省平成20年7月10日付報告書(以下、「厚労省報告書」といいます。)では、平成18年度調査において、実際に全国の医療機関でこの保険者強制徴収を請求した件数は159件しかなく、しかもそのうち保険者徴収を実施したのは86件で、さらに実際に回収できたのはわずか2件(約34万円)であったとのことです(それとの対比で年間の未収金の発生金額が多額に及んでいることはPart1を参照ください)。

この実際上のデータからすると、強制徴収制度は、医療機関にとって、現実には何ら実効性のある未収金回収策にはなっていないといわざるを得ません(絵に描いた餅状態)。

厚労省報告書でも、この現状を踏まえて「今後、保険者徴収制度が適切に運営されるために、国、保険者は、制度自体の周知に努めるとともに、実施基準の明確化、具体化を図るべきである」としていますが、その後、同制度が、積極的に活用され始めたとの情報は私の知る限りではあまり聞きません。

2.予防策について

(1)未払いの患者さんには診療を拒否する?

以上の通り、未収金の回収策としては、大きく分けて3つのものがありますが、いずれも一筋縄ではいかないものです。
そこで、未収金を発生させる前に予防できないか、検討します。

まず予防策として考えられることは、医療費を支払わない患者さん、または少なくとも一度でも医療費未払いを起こした患者さんは、診療を受け付けないことです(診療拒否)。

しかし、医療法務の知恵袋①でご紹介した通り、お医者さんには応召義務というものが課せられ、基本的には、患者さんの医療費未払いだけで診療拒否できるものではないとされています(詳細は医療法務の知恵袋①をご参照下さい)。

この点は、厚労省報告書においても、医療関係者からの反対意見はあるものの、従前通り、医療費未払いがあるからといって直ちに応召義務が解かれる(つまり診療を拒んでも良い)ことにはならないと確認されています。

普通の取引であれば(例えば、企業間の継続した商品の売買)、相手が義務を履行しない(代金を払わない等)場合、こちらの義務も履行しない(商品を供給しない)ことで、被害を最小限に食い止めようとしますし、それは基本的には法的にも認められるものです。

しかし、お医者さんの一般的任務として、国民の健康な生活の確保が掲げられており、その医業の公共性から応召義務が課せられており、その結果、このような普通の企業間の取引で認められるようなことが認められないと解されているのです。

Part1で、医療費未収金問題も結局のところ応召義務の続編だとお話したのは、このことでして、医療費未収金問題を困難ならしめているのは、この応召義務の存在(医療費未払いがあっても直ちに診療を拒んではならない、という行政解釈)だといっても過言ではありません。

確かに、医療法務の知恵袋①でお話した通り、場合によっては医療費未払いを理由に診療を拒むことも認められると考えられますが、仮に応召義務に違反した場合の医師の責任の重大さ(医療法上の責任として医師免許の取消や停止、さらに民事上の損害賠償責任)に照らすと、医療費未収金の予防策として診療を拒むことは、現実問題として中々できないものではないでしょうか。

(2)入院保証金について

このように、診療拒否という予防策が取れない中で、ひとつ有効な予防策として考えられるのが、入院保証金というものです。

入院保証金とは、患者さんが入院費を支払わなかった際に、これを当該入院費に充当する目的で入院時に予め金員を差し入れてもらうものです。

このような保証金が認められるか、これまで議論のあるところでしたが、患者側への十分な情報提供、同意の確認や内容、金額、積算方法等の明示などの適正な手続きを確保することを条件に、これを認めることが行政の通知によって明らかにされています。
そして厚労省報告書においても、改めてこのことが確認されています。

医療費未収金の大半が入院費用であること(Part1参照)を考えれば、是非ともこの入院保証金の制度は導入したいものです。

もちろん、導入するにあたっては、患者側の同意の確認書作成や、金額、積算方法の明示などが必要となりますので、この点はしっかりマニュアル化したうえで導入しましょう。

3.小括

これまで、病院側においては、一つ一つの金額は決して高額ではない医療費に関し積極的に回収することは病院のイメージダウンに繋がるといったマイナスの意識があったように思われます。

しかし、未収金に対し毅然とした対応をとることは、何ら病院のイメージダウンにならず、むしろ、健全な(しっかりと医療費を支払う)患者さん達には好印象ともいえます。

大切なことは、しっかりとした回収&予防マニュアル(交渉における内容証明郵便のひな形作成や、その手順の確立、さらには入院保証金の基準マニュアルなど)を作成し、職員の方々にいつでもそれを参照できる状態(周知徹底)とすることです。

それらのマニュアルを一度しっかり作成できれば、病院にとっては大変貴重な財産となります。

それらマニュアルがあることで、時間も労力もそれほどかけることなく、未収金の回収業務や予防業務を行うことが可能となるからです。

当事務所においては、これらの病院の日々の細かな法務にまで協力できる知識・ノウハウ構築に積極的に取り組んでいます。

※1 健康保険法74条第2項(国民健康保険法42条第2項においても同趣旨の規定あり)

「保険医療機関又は保険薬局は、前項の一部負担金(第75条の2第1項第1号の措置が採られたときは、当該減額された一部負担金)の支払を受けるべきものとし、保険医療機関又は保険薬局が善良な管理者と同一の注意をもってその支払を受けることに努めたにもかかわらず、なお療養の給付を受けた者が当該一部負担金の全部又は一部を支払わないときは、保険者は、当該保険医療機関又は保険薬局の請求に基づき、この法律の規定による徴収金の例によりこれを処分することができる。」