相続放棄の熟慮期間 ~40年以上前に亡くなった被相続人の相続放棄~
1 相続放棄の基本
民法は、人が死亡したときに、その人(=「被相続人」といいます。)の財産上の地位を相続する人(=「相続人」といいます。)に、相続をするか否かについて、下記①~③の3つの選択の余地を認めています。
① 被相続人のプラスの財産(Ex.金塊)も、マイナスの財産(Ex.借金)も関係なく、すべての財産を承継する
② ①と同様すべての財産を承継するが、マイナスの財産については、プラスの財産の限度においてのみ責任を負う
③ プラスの財産もマイナスの財産も関係なく、すべての財産を承継しない
たとえば、被相続人の財産が、「100万円相当の金塊」、「300万円の借金」であるとして、
≪金塊も借金も全部引き継ぐ≫のが、①、
≪金塊も借金も全部引き継ぐが、借金は、100万円の限度においてのみ返済の責任を負う≫のが、②、
≪金塊も、借金も全部引き継がない≫のが、③です。
①を「単純承認」、②を「限定承認」、③を「相続放棄」といいます。
相続放棄により、マイナスの財産のみならず、プラスの財産の承継もできなくなる、という点がポイントです。相続放棄により、その相続に関しては、はじめから相続人にならなかったものとみなされますので、仮に、相続放棄をしたあとに、被相続人の隠し財産などが発見されても、原則として相続はできません。法律相談を受けていて、時折この点を誤解をされている相談者の方がいらっしゃいますのでご注意ください。
相続人は、被相続人が死亡して「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に、相続の単純承認(①)若しくは限定承認(②)又は放棄(③)をしなければなりません(この期間を「熟慮期間」といいます。)。その間に承認又は放棄をしなかったときは、単純承認(①)をしたものとみなされます。つまり、相続放棄は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内にする必要があるということです。
以上は、民法915条1項、921条2号、939条あたりに書いてありますので、興味のある方は、六法全書の民法のうしろの方をめくるか、あるいは、ググるなりして、法文を直接ご一読いただければと思います。
2 事例紹介
さて、以上を前提に、執筆者が担当した、実際の事例を紹介します。
相談の概要は、次のとおりです。
相談者が高校生のころ、相談者の父(「亡父」)が亡くなり、それから、約40年が経過した折,相談者のもとに、亡父の親族から電話がありました。「亡父の土地の固定資産税が未納になっているから、共同相続人のあなたも負担してほしい。土地管理も今後はあなたに任せたい。」とのことでした。相談者が調べてみると、どうやら、亡父が所有していた土地が存在するらしい。しかしながら、相談者は、この連絡を受けるまで、亡父が土地を所有していたこと自体初耳でした。相談者としては、今更そのような土地の固定資産税を支払ったり、管理をしたりするのは避けたい、そこで、相続放棄の依頼をされました。
1でまとめたとおり、相続放棄は、被相続人が死亡して「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に行う必要があります。この熟慮期間の始期、「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意味は、文字通りに解すれば、(1)被相続人が死亡したことと、(2)自分が被相続人の相続人であることを知った時、ということになります。
本件では、相談者は、亡父が死亡した時点で、(1)・(2)の両方を認識していましたので、民法の条文によれば、熟慮期間は、約40年前に亡父が死亡した時点でカウントをはじめ、その3か月後に経過していたことになりそうです。「残念ですが相続放棄はできません…」という結論になるのでしょうか。しかしながら、相談者は、亡父が土地を所有していることなど全く知りませんでしたし、また、当時高校生の相談者に、亡父の相続財産の調査を期待するのは酷に思えます。
実は、熟慮期間の起算点については、著名な判例が存在します(最判昭和59年4月27日)。判示は長いので割愛しますが、個別具体的な事情を考慮して、相続人にとって限定承認・相続放棄をすることが期待できたかを考慮に入れて、熟慮期間の起算点を確定したものです。この判例を引用しつつ、本件の個別具体的な事情を盛り込んで、亡父の土地の存在等を認識した時点(=亡父の親族から連絡があった時点)を、熟慮期間の起算点とすべきと主張して、家庭裁判所に相続放棄の申述を行ったところ、無事受理に至りました。
3 おわりに
すべての事案に共通することではありませんが、このように、熟慮期間の3か月を超えているように見える場合であっても、個別事情を考慮の上で、相続放棄の申述が受理される場合があります。その意味で、本コラムのサブタイトル、「40年以上前に亡くなった被相続人の相続放棄」ができるかという問いの答えは、まさに「事案による」ということになります。すっきりしない回答でガッカリされた方もいらっしゃるかもしれませんが、この事案ごとの「個別具体的な事情」を見極めて、判例法理に当てはめることこそ、法律家がもっとも得意とするところですので、相続放棄を検討されている方は、熟慮期間が経過しているように見える場合であっても、あきらめずに、専門家にご相談にお越しいただければと思います。
ただし、最後に念のため、相続放棄の申述が受理された場合であっても、後に債権者に裁判で効力を争われる可能性は否定できませんし、また、個別具体的な事情をどのように考慮しても熟慮期間の起算点を動かせない事案はありますので、相続放棄を検討されている方は、安全に、できるだけ早く専門家にご相談されることをお勧めします。
その他、相続放棄に関する注意点は、本サイトの「注意事項」というページをご参照いただけると幸いです。
2020.05.08谷貴洋