“気合いで乗り切る夏”は違法に?~職場の熱中症対策の義務化について~

近藤 涼介

  • 人事労務

年々厳しさを増す夏の暑さを背景に、職場における熱中症対策の重要性が高まっています。

こうした状況を受け、令和7年(2025年)6月1日、改正労働安全衛生規則が施行され、これまで努力義務にとどまっていた職場の熱中症対策の一部が、罰則付きの法的義務として明確に位置づけられました。

本コラムでは、今回の改正のポイントと、企業が講ずべき実務対応について解説します。

1 はじめに

熱中症は、屋外の建設現場や製造現場のみならず、空調の効きにくい倉庫・工場、あるいは調理場など、屋内の作業環境でも発生し得るものです。厚生労働省の統計によれば、令和7年における職場での熱中症による死傷者数は1,803人(前年比約43%増)にのぼります。

そして、こうした事例の多くは、初期症状が見過ごされたり、発見後の対応が遅れたりしたことに起因すると指摘されています。つまり、「気づくのが遅れた」「気づいたが適切に対処できなかった」という初動対応の不備が、被害を深刻化させる大きな要因となっています。

今回の改正は、まさにこの「初動」に焦点を当て、事業者に具体的な行動を義務づけた点に特徴があります。

2 改正の概要

今回の改正では、労働安全衛生規則に第612条の2(熱中症を生ずるおそれのある作業)が新設されました。企業規模や業種を問わず、下記の対象作業を行うすべての事業者が対象となります。

対象となる作業

次の①・②のいずれにも該当する作業が対象となります。

① 暑さ指数(WBGT)が28℃以上又は気温が31℃以上の環境下での作業

② 継続して1時間以上又は1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれる作業

屋内であっても高温多湿となりやすい環境(工場、倉庫、厨房など)は対象となり得ます。

「うちは屋内だから関係ない」と即断することは危険であり、自社の作業環境が対象に当たるかどうかを個別に見極める必要があります。

事業者に対し義務づけられる措置

今回の改正により、対象作業を行う事業者には、主に次の3つの措置が義務づけられるようになりました。

① 報告体制の整備

対象作業が行われることが想定される作業日の作業開始前までに、熱中症の自覚症状がある作業者や、周囲から見て熱中症のおそれがあると気づかれた作業者を、速やかに把握できる報告体制を整備することが求められます。

② 重篤化を防止するための措置・手順の作成 

対象作業が行われることが想定される作業日の作業開始前までに、熱中症のおそれのある作業者を把握した場合に備え、作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の診断・処置を受けさせることなど、重症化を防ぐための措置とその実施手順を、作業場ごとにあらかじめ定めておくことが求められます。

③ 関係者への周知 

上記①の報告体制および②の措置・手順について、見やすい場所への掲示や、メールでの送付、文書の配布等により、対象作業に従事する労働者へ周知することが求められます。体制や手順を「定めるだけ」では足りず、現場で機能するよう共有しておくことが必要です。

3 実務上の留意点

今回の改正への対応として、まず求められるのは、自社のどの作業が対象に該当するかの検討です。作業内容・作業時間・作業環境を具体的に確認し、対象作業を特定することが出発点となります。

そのうえで、報告体制や重篤化防止の手順を、自社の実情に即した形で、就業規則や安全衛生に関する社内規程、作業手順書等との整合性を保ちながら整備することが望まれます。個別の書面を場当たり的に作成するのではなく、既存の社内ルールとの関係を整理しておくことで、運用上の混乱や矛盾を避けることができます。

4 対応を怠った場合のリスク

今回の改正は労働安全衛生法第22条(事業者の講ずべき措置等)に基づく規定と位置づけられています。そのため、義務づけられた措置を怠った場合には、同条違反として6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される可能性があり、さらに両罰規定により、行為者だけでなく法人自体にも罰金が科され得ます。

もっとも、企業にとってのリスクは刑事罰にとどまりません。仮に職場で熱中症による死亡・重症化事故が発生した場合、事業者は労働者に対する安全配慮義務違反を問われ、多額の損害賠償責任を負うおそれがあります。今回の改正で対策が明確に義務化されたことにより、「必要な措置を講じていなかった」という事実は、安全配慮義務違反を基礎づける有力な事情として評価されやすくなったといえます。

加えて、労働災害の発生は、行政による是正指導や、報道・SNSを通じたレピュテーションの毀損、従業員の離職や採用力の低下といった、金額に換算しにくい深刻な影響をもたらしかねません。

熱中症対策は、単なる法令遵守の問題ではなく、人材と企業の信用を守るための経営課題として捉える必要があります。

5 おわりに

職場の熱中症対策は、いまや事業者の「義務」となりました。もっとも、法令が求める措置を形式的に整えるだけでは、いざというときに現場で機能せず、かえって責任を問われる事態を招きかねません。

重要なのは、自社の作業実態に即した実効性のある体制を構築し、就業規則・社内規程と整合させながら、日々の運用に落とし込んでいくことです。

当事務所では、対象作業の該当性の検討から、報告体制・重篤化防止手順の整備、関連する就業規則・安全衛生規程の見直し、さらには万一労働災害が発生した場合の対応まで、企業の実情に応じたサポートを提供しております。

熱中症対策をはじめとする労務・安全衛生に関する体制整備や規程の見直しについて、お気軽に当事務所までご相談ください。