「罰則がないから対応不要」ではありません―― AI推進法の全面施行と企業がすべきこと

中川 真緒

  • 企業法務

1 はじめに

 生成AIを業務に取り入れる企業が急速に増えるなか、令和7年(2025年)9月1日、「AI推進法」(正式名称:人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)が全面施行されました。
 本コラムでは、この法律の要点と、たとえ罰則がなくても企業がAI利用のルールを整えておくべき理由を整理します。

2 AI推進法とは ―― 「規制法」ではなく「推進法」

 AI推進法は、AIの研究開発と活用を国全体で後押しするための、いわば「理念法(基本法)」です。「イノベーションの促進」と「リスクへの対応」の両立を基本理念とし、内閣に「AI戦略本部」(本部長は内閣総理大臣)を設置して、政府が「AI基本計画」を策定することなどを定めています。
 EUのAI規則(AI Act)のように、違反企業へ制裁金を科す「規制法」ではありません。企業に課される義務も、後述のとおり努力義務が中心であり、罰則や禁止規定は設けられていません。

3 企業に求められる「努力義務」

 AI推進法が責務を定める「活用事業者」とは、AIを業務で利用する企業だけを指すのではなく、AIを開発する事業者や、AIを提供(サービス化)する事業者も広く含む概念です。これら活用事業者は、基本理念にのっとり、AIの適正な利用に努めることが求められます(第7条)。もっとも、これはあくまで努力義務であり、「守らなければ罰する」という強制力を伴うものではありません。

4 それでも社内ルールを整えるべき理由

 「罰則がないなら、特に対応は不要では」と思われるかもしれません。しかし、そう言い切ることはできません。
 第一に、AI推進法は、国民の権利利益を侵害するような重大な事案が生じた場合に、国が事業者に対して調査・指導・助言や情報提供を行う枠組みを備えています。悪質なケースでは事業者名が公表される可能性も指摘されており、信用(レピュテーション)上のリスクは無視できません。
 第二に、より重要なのは、AI利用に伴うリスクの多くが、AI推進法ではなく既存の法律によって規律されるという点です。たとえば、機密情報や個人情報を不用意にAIへ入力すれば、個人情報保護法や営業秘密(不正競争防止法)の問題となります。生成物が他者の著作物に類似していれば著作権侵害となり得ますし、AIの誤り(ハルシネーション)を鵜呑みにして損害が生じれば、その責任は当然に企業が負います。AI推進法に罰則がないことは、これらの責任が免除されることを意味しないのです。

5 企業が今から取り組むべきこと

・社内AI利用ガイドライン・規程の整備(利用目的・適用範囲・責任体制の明確化)
・入力データの管理(個人情報・営業秘密は原則入力禁止とし、例外は承認制に)
・利用するAIサービスの見極め(入力データが再学習に使われないか、保存・越境移転の有無の確認)
・生成物のチェック体制(著作権侵害・事実誤りを確認するプロセスの整備)
・従業員研修の実施と、責任部署(管理部門)の明確化

6 おわりに

 AI推進法は、企業を縛る「規制」ではなく、AI活用を後押しする「推進」の法律です。しかし、その一方で、AI利用に伴う法的責任は、既存の法律を通じて確実に企業へ及びます。「罰則がないから」ではなく「事業を守るために」――今こそ、自社のAI利用ルールを一度見直すべきタイミングです。社内規程の整備やAIサービス契約のチェックにご不安のある企業様は、どうぞお早めに当事務所へご相談ください。