施行目前― 2026年10月1日、カスハラ対策・就活セクハラ対策が全企業の義務になります
カテゴリ:人事労務・企業法務 執筆:瀧本 有梨
2026年(令和8年)10月1日から、すべての企業に、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策と、求職者等に対するセクシュアルハラスメント(いわゆる就活セクハラ)対策が義務付けられます。企業規模による猶予はなく、労働者を1人でも雇用していれば対象です。カスハラ対策の義務化の概要は、当事務所のコラム「令和8年10月から企業に『カスタマーハラスメント対策』が義務づけられます」(2026年7月31日)でもご紹介しました。本コラムでは、改正法と厚生労働省の指針の要点を整理したうえで、施行日までに企業がすべきことと、マニュアルや就業規則を整える際に見落としがちなポイントをご説明します。
1 改正の概要
2025年(令和7年)6月に公布された「労働施策総合推進法等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号)により、労働施策総合推進法と男女雇用機会均等法が改正されました。これまで事業主に義務付けられていたハラスメント対策は、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの3つでしたが、今回の改正で次の2つが加わります。
(1)カスタマーハラスメント対策の義務化(労働施策総合推進法第33条)
顧客、取引先、施設の利用者などの「顧客等」の言動によって従業員の就業環境が害されることがないよう、従業員からの相談に応じる体制の整備、悪質な事案を抑止するための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じることが、事業主の義務となります。カスハラとは、①顧客等の言動であって、②その従業員が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③従業員の就業環境が害されるものをいい、正当なクレームは含まれません。「顧客等」には消費者だけでなく取引先の担当者なども含まれるため、企業間取引(BtoB)の会社も対象です。
(2)求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策の義務化(男女雇用機会均等法第13条)
就職活動中の学生やインターンシップ参加者などの「求職者等」に対して自社の従業員が性的な言動を行い、求職活動を阻害することがないよう、求職者等からの相談に応じる体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることが、事業主の義務となります。従来のセクハラ対策が保護するのは自社が雇用する労働者だけで、まだ社員ではない求職者は対象外だったところ、その空白を埋めるものです。「求職者等」には採用選考への応募者だけでなく、会社説明会やインターンシップの参加者、いわゆるOB・OG訪問で従業員を訪ねてくる学生なども含まれ、業務外の場面での言動も対象になります。
(3)指針と、義務を怠った場合の効果
いずれも、具体的な措置の内容は厚生労働省の指針(カスハラについては令和8年厚生労働省告示第51号、就活セクハラについては同第52号)に定められています。措置義務違反に直接の罰則はありませんが、行政の助言・指導・勧告の対象となり、勧告に従わない場合には企業名が公表されることがあります。また、被害を受けた従業員から安全配慮義務違反を問われる場面では、指針に沿った措置を講じていたかどうかが会社の責任判断に直結します。
2 企業が講じなければならない措置
指針が「講じなければならない」とする措置の概要は以下のとおりで、カスハラと就活セクハラで共通する骨格を持っています。
⑴ 方針の明確化とその周知・啓発
カスハラについては、カスハラに毅然とした態度で対応し、従業員を保護する旨の方針を定めて、管理職を含む従業員及び顧客に周知すること。カスハラの内容や具体的な対処方法(一人で対応させない、録音・録画をする、警察へ通報する等)を定めて、管理職を含む従業員に周知すること。就活セクハラについては、行ってはならない旨の方針と、行為者を厳正に処分する旨を就業規則等に定め、面談の時間・場所・実施体制や連絡手段といった採用活動のルールを明確にして、従業員と求職者等に周知すること。
⑵ 相談窓口の設置と周知
窓口をあらかじめ定め、従業員に周知すること。就活セクハラについては、求職者等が利用できる窓口を採用ページなどで求職者等にも周知する必要があります。
⑶ 事後の迅速かつ適切な対応
事実関係を速やかに確認し、被害者への配慮措置(担当者の交代、加害者との引き離し、メンタルヘルス面の対応等)と再発防止策を講じること。就活セクハラでは、行為者への懲戒等の措置も含まれます。
⑷ 悪質なカスハラを抑止する措置
警告、サービス提供の拒否、出入り禁止、警察への通報など、特に悪質な事案への対処方針をあらかじめ定めて周知し、実行できる体制を整えること。
⑸ プライバシーの保護と不利益取扱いの禁止
相談者等のプライバシーを守る措置を講じ、相談したこと、事実確認に協力したこと、労働局に相談したこと等を理由に不利益な取扱いをしない旨を定めて周知すること。
3 施行日までに整えておきたいこと
企業が施行日までに準備すべきことは、おおむね次のとおりです。
⑴ 就業規則の見直し
ハラスメント禁止規定と懲戒規定を確認し、求職者等や取引先の従業員など社外の者に対するハラスメントが対象に含まれること、カスハラから従業員を保護する会社の方針、相談等を理由とする不利益取扱いの禁止などを明記します。就業規則の変更には、過半数代表者からの意見聴取と労働基準監督署への届出が必要です。
⑵ カスハラ対応マニュアルの作成
自社の業種・業態で起こりやすい事案を念頭に、判断基準と対応手順、警察や弁護士との連携、悪質事案への対処方針を定めます。既存のマニュアルがある場合は、定義が改正法の3要件に沿っているか、不利益取扱い禁止の範囲が指針どおりかを確認してください。
⑶ 採用活動のルール整備
面談の場所・時間・実施体制、求職者との連絡手段、OB・OG訪問への対応方法などを定め、採用担当者だけでなく全従業員に周知します。
⑷ 相談窓口の整備と周知
従業員向けの窓口に加え、求職者等が利用できる窓口を採用ページ等に掲載します。
⑸ 契約書・利用規約の確認
悪質なカスハラに対してサービス提供の停止や契約解除で対応するには、その根拠となる条項が契約書や利用規約にあることが前提です。あわせて、対応時の録音・録画データは顧客の個人情報を含みますので、個人情報保護法に沿った取扱いを定めておきます。
⑹ 研修と周知
管理職を含む従業員向けの研修、相談窓口担当者向けの研修を実施し、社内ポータル等で方針とマニュアルを周知します。派遣社員を受け入れている場合は、派遣先である自社にも措置義務が及びますので、周知の対象に含めます。
なお、東京都、北海道、群馬県では、2025年4月からカスタマー・ハラスメント防止条例が施行されており、これらの地域に事業所を置く企業は、条例上の事業者の責務にも留意が必要です。
4 規程・マニュアルの見直しで見落としがちなポイント
以下は、規程やマニュアルを見直す際に見落とされやすい点です。
⑴ カスハラの定義が旧来型のまま
「著しい迷惑行為」などの言葉で定義している規程は、改正法の3要件(①顧客等の言動、②業務の性質等に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの、③就業環境が害される)に合わせる必要があります。
⑵ BtoB企業も対象
指針は、取引先の担当者や契約交渉の相手も「顧客等」に含めています。また、自社の従業員が取引先の従業員に対して行うカスハラの防止も事業主の努力義務であり、加害者側になった場合の対応もマニュアルに必要です。
⑶ 不利益取扱いの禁止が「相談したこと」だけ
指針は、事実確認への協力、労働局への相談や調停の申請を理由とする不利益取扱いの禁止も定めて周知することを求めています。
⑷ 相談窓口が求職者から見えない
社内チャットや人事部門への申請は求職者には使えません。求職者等が利用できる窓口を採用ページ等で周知する必要があります。
⑸ マニュアルの位置付けが未定
マニュアルを就業規則の委任規定で引き込むと就業規則の一部となり、改定ごとに意見聴取と労働基準監督署への届出が必要になります。就業規則に方針を定め、手順はマニュアルに委ねる建付けも選択肢です。
⑹ サービス停止に契約上の根拠がない
悪質な顧客への取引停止や契約解除は、契約書や利用規約に根拠条項がなければ実行できません。
5 おわりに
今回の改正は、「お客様は神様」という発想からの転換を法律が明確に求めたものといえます。他方で、正当なクレームとカスハラの線引きを誤れば、顧客との関係を損ないます。また、就活セクハラ対策は、採用活動における会社の信用そのものに関わります。既存の規程の骨格が整っている企業であれば、語句の追加や補正で対応できることも多く、ゼロから作り直す必要はありません。法令と指針の要求を押さえたうえで、自社の業種・規模に合った実効性のあるルールを作ることが重要です。
当事務所では、カスタマーハラスメント対策マニュアルや採用活動のガイドラインの作成・レビュー、就業規則の改定、契約書・利用規約への対応条項の追加、従業員・相談窓口担当者向けの研修など、今回の改正への対応を幅広くサポートしています。施行日が迫るなかで「何から手を付けるべきか」とお悩みの企業様も、「規程は作ったが法令の水準を満たしているか不安だ」という企業様も、どうぞお早めに当事務所へご相談ください。